札幌生まれ育ちの知人から(彼は札幌の市電を延長して中心部の車の乗り入れを減らす運動を昔からしていいて、その成果の一部がススキノ発ススキノ行きの循環市電)「大通り公園が、昔の静かなきれいな公園ではなく、イベントばかりで芝が休めない。何もない場所、ということは家族団らんで安心して休める、静かにデートや老夫婦が散策できる昔の公園に戻したい」と言っていた。何も行事がない公園はきれいだ。特に9丁目はイサム・ノグチの作品で子供向けの滑り台まである。。
小さな水遊び場所もあって、子連れの奥さん方の憩いの場所。場所を整えれば、自然に市民は集まり楽しむ。石川啄木や吉井勇の碑もある。札幌の姉妹都市ミュンヘンから贈られたトーテムポールもある。
せいぜい骨董市を5丁目でやる程度で、公園の役割は果たしていると思う。(社団)札幌市観光協会と広告代理店が入ってきて、人が集まるなら財布の紐を緩めさせてお金を落としていただこうと算段するイベントが目白押し。もっと品のある公園の姿に戻って欲しいというのが彼と私の共通意見であった8月15日までビールメーカー協賛のビアガーデンを開催しているが、近所の居酒屋は夜の9時までは閑古鳥。お金なら居酒屋さんに落としてもらうほうが景気の回復や中小企業の繁栄につながると思うのだが、そこまで深く考えたくない、とりあえず見栄え(人がたくさんいる)で事を判断するだけだ。子供のころ、駅前通りにあった靴磨きのおじさん・おばさんはテキヤのチョウジ家一家に場所代を払って営業していた。札幌市の公園課もいつのまにかテキヤ商売に鞍替えしてる。美しさとか品とか、求めるのは時代錯誤なのだろうか?





