1)5時を過ぎると、闇が迫ってくる北国。風は冷たい、枯れ葉が庭やガレージに増えてくる。歯の調子が悪く、イライラする。嫌いな10月から12月。現役時代なら、正月仕事にとりかかっていた。暗くなるのもそうだが、正月仕事で企画・営業をしていたころを思い出して憂鬱になるかもしれない。正月紙面らしい特集を4ページ買い切ってましたからね。それでも一つの仕事完成に向かって動いたことだけは確かで、いま手伝っている新型コロナ集団接種ワクチン仕事と同じく、一日の仕事が終わると達成感が残り、ご苦労様は同じですね。この積み重ねが仕事なんでしょう。仕事には必ず、締め切りがある。
2)なんと「スターバックコーヒー恵庭道の駅店」が近々開店する。これまで自宅から近いスタバは新千歳空港と美しが丘通店だ。スタッフを募集しているが、商品名を覚えたり、礼儀作法やマニュアル厳しそうでハードルが高そう。町内に久遠チョコが開店する。全道で3店目だ。ケンタが近くにあるので、帰りに寄る客も多いかもしれない。いったいどんな味のチョコなのか試食してきます。味を表現する日本語の語彙が自分にあるかどうか自信はないが。
3)手作りパン屋のオーナーと話して「3時を過ぎるとうす暗くなり、人通りも少なくなり、嫌いな季節。雪が積もってしまえば外は明るく感じるのだが」と憂鬱そう。朝、作ったパンがいつもよりたくさん売れ残っている。私はここでパンの端をもらい、細かく切ってクズ米とともにスズメに与えて3年になる。最近、カラスもやってきて、パンくずを水を入れた皿に落として食べている。
4)恵庭の奥に住んでいる、仙人のような人がいる。なんでもススキノでスナックを経営していたが、自分で飲み過ぎて店をつぶしたらしい。宝石の外商もやっていて、そこで儲けた金をバブル期、株に投資、大もうけした金でスナック開店させたとのこと。先日、訪ねると、野菜を持っていけと言うが「野菜は嫌いなので、そこにある切り株が欲しい」と言うと「いいよ」。どういう人生を歩んできたのか、ゆっくり聞いて紹介したい。手先が器用で大工仕事や野菜づくり、シイタケ栽培までしている。一人暮らしだ。奥さんが函館にいて、夏に仙人の家に来た。彼は一人暮らしに慣れていて「一緒にいると気が狂いそうになる」と冗談っぽく言っていた。夜は漆黒の闇。倉本聰がはじめて富良野に来た夜、その闇に狂いそうになったと書いた漆黒である。闇の中では焚火を炊くか寝るだけである。

歯の治療は早くした方がいいですよ。信頼できる歯科医を探すのが先決ですがね。街中のお洒落なデンタルクリニックはどうも信用できなくて、少し前までは昔に住んでいた遠くの東区のクリニックまで通っていましたが、親身な院長さんが閉院する事になって困っていましたが、人づてに紹介された近所のクリニックは比較的丁寧で親切なのでそこに決めました。家内は東区のクリニックが無くなってからは何処の歯医者も気に入らなくて行く先々で治療も中断。通院もせず、いつも歯が痛むと苦情ばかり言っています。私は歯を治したお蔭で諦めていたトランペットも吹ける様になりました。しかし時折差し歯が抜けたりとその都度治療をしています。今は落ち着いているので今度はアルトサックスの練習を始めました。歯に負担の掛からないギターなどの弦楽器だけにしておけばいいものを歯の具合が良いと、つい、これまでできなかった事もしたくなるものです。
直す歯がなくなりそうで入れ歯の危機です。食べるのもつらくなりそうです。キーボードをたたくだけの人生かもしれません。小さなころから歯磨きの習慣がなかった育ちですから、放任放任の野生児でしたから。自分へのケアはしないで外ばかり向いた人生でした。昨日、治療を始める歯科医へ挨拶してきました。素晴らしい歯科医です。北3条西2丁目 中沢歯科です。電話してみてください。品のいい歯科医がいます。
本格的な珈琲を飲まなくなって4年余経ちます。若い頃にはネルで濾したり、サイフォンだったり凝った事もありました。喫茶店の多い時代でしたし、何かにつけてお茶のみに喫茶店に集まったものです。当時はスタバなど有りませんでしたが、夫々に凝った珈琲店がありました。デートもクラシックが流れる静かな音楽喫茶でしたし、ラテン系音楽専門の穴倉のような喫茶店に入ると、コーヒーカップに濃いめのコーヒーとソーサには必ずクルミが一つ添えられていて、それをどうやって割って食べるかが楽しみでした。握力だけでは難しいのでスプーンの柄を利用して割る事にしました。そこでタバコを買うと箱の上から店名入りのカッコいい紙ケースが付いて来て嬉しかったです。スタバを通りから眺めると、おしゃべりよりもノートPCを開いて居たり、皆んな静かですね。北海道に来てお世話になった喫茶店では置いてあったギターを弾いて友達や常連の予備校生たちと歌って騒いだものです。そんな喫茶店は今では存在しませんね。
特徴のある喫茶店、たくさんありました。働きたくない連中で喫茶店経営も流行りました。サイフォンで落とす、ダッチコーヒーもあるわネルで落とすのが多くて、いまも喫茶店主はネルですね。機械から落としてくるスタバやコンビニコーヒー、まずくはないですが、そこで流す音楽もいいですが、どうもね。おしゃべりがないとね。何が昔と違うかといって、画一的な服装とファッシyォン、場所全体にはコーヒーの香りが流れません。ネルから立ち上る香りがないからです。パソコンで仕事をする人のためにコンセントつけてます。会社のコーヒーメーカー利用して仕事・・・うううん。これってファッションとかPC中毒のナルシス?なんだか他人に見せつけているような気がデジタル世界に3周遅れで歩く私には思えますね。
大型商業施設の大駐車場の端っこで車を閉め切って時折トランペットの練習をしていましたが。近くの森からカラスがやって来て、聞いてくれるので?、パンやお菓子をあげたところ、何と私のクルマが駐車場に入るといつでもカラスたちも集まってくるようになりました。不思議な事にクルマを変えても同じでした。このところ暫く練習も出来ずに行っていませんが、音楽を聴きに来るのか?果たして、餌をねだりに来るのか?当然後者でしょうが。
きっと音楽だと思います。これからはカラスからお金を徴取しましょう。そのお金はカラスがどこかで拾ってきたり、現金輸送車を襲って持ってくる可能性がありますね。楽しみなカラスたちです。私の庭も一度助けたカラス(道路でヨレヨれしていたのを妻が餌をあげてから)が毎日やってきます。頭がいいです。
恵庭の奥には仙人みたいな人が居るものですね。私の場合は例の水を掛け氷像を作る芸術家でしたが奥様は「ダンプかあちゃん」とか言う?映画かドラマの主人公のモデルになった方のようでした。仙人ご本人は九州出身とかで、つかみどころのない人でしたが気に入られて困ったものでした。お金など無いのに芸術彫刻の腕だけで生きている訳ですから一癖も二癖もある人でした。土地も住居も恵庭市から無償提供されているとか?「体育館に飾られている大型作品は200万で安かったので恵庭市には貸しがあるんだ」と言って、車に乗せてあげて連れていかれた体育館でコピーをタダで使っていました。余りに傍若無人なのでお付き合いはその辺りでやめました。支笏湖の氷凍まつりも自分のオリジナル手法の盗作だとゴネていましたね。他にも養魚業の変わり者も居ましたよ。驚いたのは初めて彼の敷地に入るとアライグマが放し飼いで沢山いたのです。その後周辺でアライグマ被害が出て大騒ぎになったのですが、推測ですが、あれが繁殖したのではないか?と。なにしろ狂暴で繁殖率も高いですからね。
けっこう話すと生臭いですよ。仙人には遠いです。玄関には不審者やシカやタヌキや熊防止で、夜光塗料を塗ったミイラ的な人形を2体置いていて、昼間見てもぞっとします。隣には陶芸作家の工房もあります。庭に作品を並べています。誰にも公開してません。アルコールが大好きで毎日飲んでいます。焚火をしながら、夜空を眺めて一人で飲んでいます。昔はルアー釣りでイトウも釣ったと言ってました。本州からイトウ釣りに来た知人に同行するらしい。女性遍歴もすごいらしい。羨ましいですね。そして仙人。
仙人は理想ですね。山で暮らし自給自足。できればそうしたい気持ちもありますが、町の暮らしに慣れてしまった今では多分難しいでしょうがね。昔、少年時代の経験は多少なりとも記憶にあるので、興味はあります。魚は手づかみをはじめ、いろんな手法で捕まえましたし、ハチの巣を取って蜂の子も蒸し焼きで食べましたし、簡単な罠を仕掛けるウサギ狩りも出来ます。野菜も作れて、炭焼も小規模なら出来ます。干し柿づくりやシイタケ栽培だって経験済みです。子供の頃は遊びの延長で楽しかったですね。
自給自足であとは地酒やブドウ栽培でワイン、梅作りで梅酒ですかね。人は歳とともに人間嫌いになると書いていた人がいました。大体35歳くらいからですね。世界共通みたいです。ススキノで飲めや歌えを体験して、綺麗な奥さんをもらっても、一人になりたい願望はなんとなくわかりますね。ひとりは最強です。
かまって欲しくない。時折、自分の世界にどっぷりと浸かりたいと思いますね。今では遅い感もありますが。働かなくても生きていけるご身分ならいいですが、未だ残念ながら働き続けています。仕事を止めたら一体?どうなるのか心配もありますが、いつかは止めざるを得ない時は来るのでしょうから、そんな準備も必要でしょうね。これも少し遅すぎますが。
もともと一人になりたいがそれでは生きていけず、ときどき外へ出て、社会人のようにふるまい暮らしている。働かなくても生きていける社会を目指した経済学者もいます(フリードマン)。実現できている人は少数ながらいますが、幸せかどうか聞いてみないとわかりません。アスキーという会社の西社長が個人資産300億円もっていました。しかし、「これを500億円にしよう」ということばかり考えていたと言います。自分よりたくさん資産を持ってる人と比較して、それを超えようと欲望するのが常です。貧乏人に優しいのは貧乏人だけは真実かもしれません。貧乏人にお人よしが世界中で多いのは、そういうことかも。一畳の面積に横たわる人生で終るのにねと思いますが・・・。