
久しぶりの町内ニュース回覧版
60歳で循環器の医師を退職した主治医に遭遇した。「退職して暇な時間が増えて退屈しませんか?」「それはするけれど、これまで妻をないがしろにしてきたので、罪滅ぼしをしないといけない」「救急医として、心臓で運ばれてくる患者を全員助けるんだという腹の底からの使命感が薄くなってきて、医師としての限界を感じ始めている」のが退職した理由だと述べた。この病院では20年前に脳外科医と循環器医師との激しい院長選挙があった。誰もが実績のある循環器の医師が院長になると思っていた。私が急性心筋梗塞で入院をしていたころの話である。
ところが脳外科医が院長になった。仰天人事である。関係者による選挙があったのかは知らない。そこから循環器を立て直すために大学病院から送られてきたのが私の主治医だ。敗れた医師は、近くに循環器クリニックを開業した。大学医学部の教授選挙とうり二つだ。山崎豊子「白い巨塔」の財前五郎。現在は、脳外科医の院長も退職している。私も小さな会社であったが、役員につきたい部長連中の夜な夜な社長との飲み会を見ていたが、「私はこの会社をこういう方向でかじ取り、繁栄に導くためにかくかくしかじかの行動をする」と言明した役員はいなかった。社員からも社外からも信用があり、行動力もあり、売り上げ・利益を出した部長は、仕事はできず、他人を羨むことばかりする酒好き陰険な男に役員ポストを奪われた。人事権のある社長に彼の悪口三昧を吹いていたのである。
その社長の引退を受けて1年で彼も排斥されたけど。若い社員からみて、高い給与とボーナスをもらって既得権益に安住する人にしかみえない。山のように、こういう人種が官民問わず、日本企業にいて企業体力を弱めたし、若い人のアイディアを潰してきたと思う。行動力のある二人の部長の下で私は「好きなように自分のアイディアで動き回れ、失敗しても構わない、責任は私が取る」と言われて、自由奔放に営業してきた。大感謝である。広告の企画やイベントはまだ誰もどこも手をつけていない領域に狙いをつけた。「札幌の水道水はなぜうまいのか」や下水道について、札幌軟石はどうしてできたか、当時からうつ病の講演会は超満員の盛況であった。どうしても暗い雰囲気になるからとうつ病の講演会に地元の落語家を前座に持ってきたら、「まじめに話を聞きに来て、笑いを出すとは何事か」と参加者から叱られた。そういうマジメだから鬱になるんだよねと私はぼやいていた。


対人関係はどこでも大切ですが、難しい面も多いですね。隣近所のお付き合いでさえも、その人を知るまでは慎重にならざるを得ません。ましてや会社組織の中では更に気を付けなければいけませんね。自分では軽い冗談程度で発した言動が巡り巡って大事になるかも知れませんし、自分が信頼している同僚や部下または身近な上司との会話も行き過ぎれば、自分に災いをもたらし兼ねませんね。好きなように言いたい放題が一番楽な生き方でしょうが、組織の一員になれば思う様には行きません。誰にもリスペクトの精神を持って接すれば良いのですが、これも余程の人格者で無ければできませんね。言葉はコミュニケーションに必要不可欠ですが一つ間違えば他人を傷つけたり、気分を損ねたり、見えない凶器にさえもなり兼ねませんから、組織内では特に言動には注意した方がよさそうですね。一匹狼的生き方ならさほど気にならないかも知れませんが、大抵は大なり小なり、組織に属する場合が殆どですからね。しかし上司の顔色ばかり気にして生きるのも最悪ですがね。そんな私自身も同僚と喧嘩して辞めた経験の持ち主の一人ですが・・・。
いつもコメントありがとうございます。最近、当ブログを見に来る人が少しですが増えてきました。私の場合、最初の転職は結婚後すぐでしたが、給与が安いから辞めた、2回目は社員の首切りを阻止するため組合をつくり裁判闘争1年、疲れて辞めて生命保険会社に勤めると遠い親戚からオファー。騙されてやめる、ようやく33歳のとき62歳までですね。営業の外回りばかりでしたから、社内の人間関係にはさほど苦労はしませんでしたね。新聞社の若い人と仕事をするのが楽しかったですよ。それも初めて札幌での生活を始める人たちへアドバイス、70歳になって営業引退して、東京から寄せ書きが20人からもらいました。いい時を過ごしたと、私の動きや生き方を模範にしたいという人もいます。育て育てられていたんだと感激します。贅沢な人生だと思いますよ。組合運動を始めるとき、その人のエゴが出てきました。1万円の手当で脱退とかありましたが、しょうがない。裁判に勝つが戻ってきた女性が会社に復讐劇を始めて混乱をきたしたとか。いろいろありました。
大なり小なり、組織には交代劇は付き物ですが、組織のトップの交代は意外な局面に変わる事も多いですね。あの人が社長に成ったらきっと良くなるであろうと思いきや、突然、思いもしない豹変ぶりに戸窓ったり、優しい性格と思っていたら性格まで変わったなど、地位を得た途端に、元上司までがへつらったりと様々な人間模様が展開されます。どれにも共通するのは、見事に踵を返して去る者も居る反面、或る意味感心するのは、ベタベタと纏わりつく者など見事な程に変わり身の早い取り巻きですね。遠くから冷静に見れば他人事ながら『あなた様の為なら足の裏でも舐めさせていただきます』的な、みっともない行動に、他人ながら、恥ずかしくなります。交代劇には理想の脚本とは違うドロドロしたドラマがありますね。
「飲みにいくぞ」と5時過ぎに必ず言う社長がいましたが、一人だけ二人の社長を軽蔑し続けた部長もいましたよ。これ、画期的。60歳で彼が辞めるとき総務から「せめて社長へ最後の挨拶を」と頼みましたが、社長以外へは挨拶をしてそのまま自宅へ帰っていきました。見事でした。仕事をそんなにたくさんしたわけではないのですが、反抗的な態度が災いして広告時代も地方勤務を命じられたり腐ってましたから、反抗こそ我が人生、自分よりバカな人間には仕えないという価値観があったのでしようね。とにかくアホな社長に6年にわたって無視し続けた胆力は凄いです。飲み代の伝票も社長に廻らないよう、部員との飲み食い代は全部自腹で払ってましたから徹底しています。自分の住む団地の町内会活動を長くしていたので楽しい老後を送っているみたいです。地域のほうが大事ですね。