とにかく毎日10年続けたら物になる(吉本隆明)
糸井重里の「素質ってなんだ」という問いかけに「とにかく毎日、(いっしょけんめいでなくていいから)10年続けたらものになる」と断言した。それは「僕(吉本隆明)が保証する」と。
無芸大食(最近小食)なだけの筆者は10年以上毎日続けていたのは、通勤、営業(外歩き)、ビル街でのトイレ探し、パチンコぐらいで何一つ職人的な、たとえば線を引くとか穴を空ける、文章を400文字であるテーマで書くとか何もしていないことに気づく。
そういえば、主婦がものになるのは毎日の料理や洗濯や掃除や後片付けをこなしているから物になってるんだと気づく。主婦も職人だと思えば間違いない。知らないふりして職人になっているんだ。女性が強いのは、毎日の日常を繰り返すことができる、単純(こう言っては失礼にあたるが)な作業を苦も無く(苦があるかもしれない)こなしているから、男から見て強く思える。この年齢でわかっても遅い。家事を苦も無くこなせるのが筆者の夢だ。
なぜ毎日やるのが大事かと言うと吉本隆明は、その場合は掛け算になるんだと。たとえば昨日より今日は2倍巧くなったとしようか。明日もやれば2×2、次の日もすればさらに×で8倍に。毎日やらないと単純に足し算になってしまうんだ。長い年月を考えるととんでもない差になるんだ。
「素質とか天才とか才能とかっていうことは、一丁前になった以降のことなんです」。どんなに素質があってもやらなきゃだめだということ。毎日、机の前に座るとか、ぼーっとしててもいいから座る。三島由紀夫は文学の才なんてないと思う、ないけど天才的な人だ。それを見破っていたのは武田泰淳。市ヶ谷で自決したとき泰淳は「この人は刻苦勉励の果てに死んだ」とコメントしている。志賀直哉も「暗夜行路」を書いたのが22代後半か30代はじめ。それから全然ダメ。伸びない。素質だけで書いてしまった。太宰治が志賀直哉に「お前の作品は詰将棋じゃないか。必ず詰むに決まっている」「おれの小説は1行目からおののきで、どうなるか自分でもわからん」と。
それはそうと、自分でこれが長所かなと思ったら毎日10年間続けてねと語る。吉本自身ももの書きになっていなければたぶん植木屋さんになっていたと思うと。木を見て、ここを伸ばすのにこの肥料を与えてとかね。伸び伸びした一生が送れたかもしれない。
イギリスの作家ジョージ・オーエルに「なぜ書くか」というエセイでスペイン市民戦争に従軍して帰国、ジャナーリストになったが「もし平和な時代なら大きな樫の木の下でヒゲを生やして説教する牧師になっていただろう」という言葉を思い出した。人間、みな今現在している仕事や営みはたまたま何かのきっかけで、その仕事について、10年以上しているうちにそうなってしまったのではないだろうか?
*10年といえば学校の義務教育で9年間通学、高校まで足せば12年、大学まで足せば16年~18年。学校だけで通学の癖がついている。これに約40年の会社通勤を足すと56年~58年続けているわけだ。通学・通勤のプロだ。この癖が取れず、近所の旦那に、決められた時間に犬の散歩、ウォ-キングに出かける男たちも多い。図書館通いも多い。通勤の名残りかもしれないと思う、万歩計を付けて。カラダが通勤を欲求している。
私のブログもほぼ10年になった。3000回を超えた。ときどきテーマが無くなり、普遍性のある話題なら再掲載している、ご容赦を。
ことしは1月16日現在、積雪14センチ。上川・空知は軽く100センチを超えていて申し訳ない気がする。同じ北海道で。
ヘターリスト。
モノになっているか否かは別として、私は何でも我流主義で始めてしまう癖があります。他人に習えば取得も早いのに、習う事が大っ嫌いですから、楽器を始めたいと思えば即安価な楽器を探し『何とかなるさ!』と必要部分だけネットで調べたりする程度で始めてしまいます。完全な邪道で習得時間も掛かるに決まっているのですが習おうとしません。そして人目を避けてこっそり練習をします。ギターなどは聞きかじり程度を思い出し乍ら、トランペットなら曲の耳コピ―で暗譜、サックスなら運指表をネットで探して自分なりに楽譜まがいを作成して必死に暗記。そんな具合ですから完璧には程遠いいものの自己満足しますね。家族からも余り評価を得られず、むしろ煩い扱いされますから練習場に地下室を確保したのですが、それでも煩いと言うので雪が溶けたら、また郊外の人気のない所で我流で練習を始めようかと思うこの頃です。やれば何とかなるさ!主義の一生でしょうね。
seto
やれば何とかなるさ・・・何とかなりますね。ブログの開始もそうでした。ある人が1年以上前から「ブログの勧め」をせっつかれてました。やればできるものです。ヘターリストさん、楽器演奏すごいですね。音が出るので場所探し大変だと思いますが、自分の趣味をまたやり方を我流でがんばってください。応援します。
アドマン。
悔やまれるのは、今は亡き父から技術を学べば良かったと。陶器の絵付け師だった父は戦争で焼け出されて故郷に疎開後は田舎仕事に切り替えて陶器の仕事は一切見切りをつけたのですが、兄姉たちに比べて末っ子の私は父の昔を知らず終いで田舎で育ちました。しかし、今になって後悔しています。父と言う先生が居たのにと。それも無理は有りません。第一陶器の仕事をする父の姿を私だけが見ていなかったわけですから。もし戦争が無かったら、私も見よう見まねでも陶器の仕事を身に着けていたのかも知れません。
seto
陶器の絵付師、アドマンさん、お父さんから学べましたね。もし戦争がなかったらアドマンさん陶器の絵付師になって、作品を残せた可能性大ですよ。たったいま恵庭の焼き場から戻ってきました。骨壺に人体のアチコチのお骨を入れてきました。真っ白な骨壺でした。これがカラフルな骨壺なら上から白い紙を被せる必要なくて、美術品としての骨壺もありだなあとおもいますね。
昔の少年。
♬10年は~ひと昔~と井上陽水の『夏まつり』に有りますが、そうだとすれば、無駄なひと昔を繰り返して来た自分を悔やみますね。『後悔先に立たず?。転ばぬ先の杖?。』いや?『後悔後にも立たず!転んだ後の松葉杖!』ですね。つまり、既に遅し!と言う訳です。『失敗は成功の元』とも言われていますから失敗を何度も何度も繰り返した結果成功する事も有るのでしょうが、何度繰り返しても更に失敗する事の方が多かったのかも知れません。ここまで来れば開き直って『偶然』を待つしかないですね。
偶然成功したとか?、偶然に幸福が訪れたとか?。しかしこれまで偶然を求めて買って来た『ロト』もハズレの連続で、新年からは買うのをやめています。偶然もなかなか難しいと知ったからです。寂しいですが、こうなれば地道に無駄遣いせず、コツコツ生きるしか有りませんね。ひと昔もあと何回でしょうね。
坊主の孫。
意外にも、今冬の札幌は積雪が少なく、シーズン排雪料4万円が勿体ないと感じていたのですが、17日(金)からの値上げの灯油で気づいたのはショベルローダとかダンプトラックの燃料(軽油)の高騰で業者も積雪が少ない方が無駄な燃料も押さえられて良いのでは無いか?と思えてきました。私の乗用車はディーゼルエンジンですから、これも軽油ですが、いつも安い丸紅系スタンドの看板も軽油で140円台の筈が158円/ℓと10円も値上がりして居ました。おまけに我が家の灯油タンクに給油に来たタンクローリーの納品伝票を見た妻が運転手の配達員に大激怒!『40年もお願いしているのに、値上げの当日に給油に来るなんて!隣近所は皆んな前日に満タンにして行ったよ!こんな事なら業者を変えるから!』と大興奮!運転手の配達員も言い訳仕切で一旦引き上げたのですが、暫くしてまたタンクローリーが玄関前で停車して『ピ~ンポン!』とインターホンが鳴って出て見ると運転手の配達員が『会社に言って伝票訂正しました』と値上げ前の料金の伝票を差し出しました。妻の迫力が効いたのか?。取敢えず解決してホットした我が家の料金問題でした。
seto
ガソリンがさっきℓ178円になってました。灯油も120円。昔は給与も安い反面、物価が安くて暮らせたのに!奥さんの迫力凄い!500リットルタンクに一昨日入れていきましたが、3万の大台を超えました。灯油業者たくさんなるのでどこが安いかわかりません。息子が運輸会社に勤めてますが、景気はいいみたいです。食料を関東まで運んでいます。消費税をゼロ、灯油やガソリンを安くすれば景気回復につながると思います。万博中止ですね。
見習い専業主夫
最近は主夫を進んでやっています。朝は風呂掃除と米研ぎ。食事後の食器洗いはもちろん。洗濯も数回と干すまでを。雪が降れば除雪作業を。買い物と純水汲みも。とにかく気づいた事は出来るだけ文句を言わずにやる事にしています。これも、これまで妻に丸投げしていた事ばかりでしたからお返しです。それに、絶えず具合が悪いと言う事が多くなった妻の体力が落ちて来たからです。それに比べれば多動性の私は元気な方で、毎日出かけていますから、車にもバスにも地下鉄にも乗り慣れていて、動く事も苦に成らない内は出来る限り動こうと決めています。これも10年も続ければ専業主夫になれるのでしょうか。先が長いですね。
seto
動くことができればサイコーです。大脳も動いてますからボケ防止にも効果あります。専業主婦は私のあこがれ。ある88歳の一人暮らしの老人が私が女なら愛人にしたいと言いました。心不全を発見して病院へ搬送したからかもしれません。困った人がいれば助けるのは普通でしょうが、これがなかなかできない人多いです。