子育てを作物に例えると、促成栽培は無理で、比ゆ的に、畑に撒かれた種が成長するには栄養と長い時間が必要、さらに土を休ませてからゆっくり育てないと茎もカラカラになる。ヒョロヒョロ伸びるだろうけど、『明日にでも枯れてしまう』。しかし、これは高校生の問題ではなくて、彼らが生きる『家庭内』『地域社会』『親戚関係ありやなしや』『学校内』『孤独の時間(自分の成長に必要)の有無』。高校生を囲む言語環境と考えるとわかりやすいかもしれない。大人が子供に言葉を発することに億劫になっているのではというのが阿久さんの見立てである。特に父親かもしれない、自分を反省して。大人の言葉から子どもたちは言葉を学ぶからである。

どのように饒舌に語彙数を積み重ねても、心を通過しないものは言葉とは呼ばない。政治家が悪ければ政治家を取り換えればいい、経済が悪ければ経営者を替えればいい。代役がきく。ただし、僕らの民族の子供は替えられない。そのために、畑である家庭や社会に栄養をたっぷり撒いておかないと将来、大変なことになる。

『今』と『自分』と『損得』とだけが『生きる軸』にしてしまった親を含めて大人の責任も大きい。親の見栄で子供を育てたことに対する彼らからの往信が復讐なのかもしれない。子ども自身の成長を阻害している母親のいかに多いことか?日本社会の殺人事件の50%以上は尊属殺人である。砂漠のような水のないカラカラした土壌(家庭)で、乾いた会話が繰り返されたのであろうか?

それにしても、昨今の政治家で感動する言葉を吐く人がいなくなった。感性が枯れているのか、日本語の語彙が少ないのか、教養やユーモアの訓練を受けていないのか。これは彼らに限ったことでもでなくて、外国語を喋らなくてもいいから、情意を尽くした普通の日常言語を話して欲しいものである。余りに短い・断定的な物言いがまかり通ってる気がする。私たちにできることは、できるだけ言葉豊かな人たちとたくさん接して彼らから学び続けるほかはない。それが書物の世界であっても。

  1. 息子が高校生の頃に荒れて殴り合いの喧嘩をした事がありました。私は剣道くらいしか習って居なかったのですが、彼は柔道も習って居てやせ型とは言え筋力は有ったのですが、口の悪い母親に暴力を振るったので我慢できず喧嘩になりました。彼のパンチをこめかみに一発食らってクラッと来ました。私も何発か食らわせましたが、どちらも途中で辞めました。私もショックでしたが、息子も応えたようです。まさか普段は無口な私から仕掛けられるとは思わなかったのでしょう。そんな事件が有って、その後はわたしの話はよく聴くようになりました。初めから会話で済むならそれに越したことは有りませんが、暴力を振るう様になれば止めなければいけません。見て見ぬふりをしていれば益々エスカレートして事件にも成り兼ねませんからね。阿久さんが言う様に幼少期から思う様に育てば良いのですが、親も忙し過ぎれば理想通りの子育ても出来ず、中学にも成れば親の目が届かない所で校内暴力やいじめなどもあって子供も素直さを失くして来たりしますからね。しかも今やSNSでのLINE仲間などグループ化が問題を引き起こしたりもして居ますね。外国では子供のSNS禁止法まで施行しています。今や常識化している共働きなどで親と子が正面から向き合える時間も少なくなっている現状社会も問題の原因かも知れませんね。また、我々の時代とは比較にならない位に手に負えない事だらけですね。

    • 私は息子や娘と大喧嘩したことはありません。残念ながら。育った家庭も夫婦ケンカを見たことがありません。どこの家庭もそういうものだと思いましたが、あにはからんや。ケンカ様々でした。血の気の少ない家庭でした。スポーツ系や根性論もなく、テキとーな家庭でした。SNSの問題は文字数制限が大きいと思います。脊髄反射的に述べる、シンプルに返事ですね。複雑に考え、行動する習慣を若いときからつけないとね。それにしても息子さんをよく殴りましたね。感心します。いい話ですよ。学校では教師は生徒に竹刀で叩いたりして平気の時代でした。親も叩かれるお前が悪いと子供に言うほど、教師が尊敬されてました。高校生になるともう大人以上の力や体力を持っていますから。

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