
昨年6月17日から上野駅前APAホテルで3泊してきた。目的は国立博物館だ、さらに小学校からの同級生に20年ぶりに会うこと。練馬の高田台に住んでいる。地震に強そうな地盤だ。そして都会の喧騒を離れた文教地区だ。西武池袋線沿線だ。19日は丸一日は彼との談笑に費やす、5時間、彼のマンションにいた。駅から自宅までソメイヨシノが繁茂する川に沿って、車いすでゆっくり歩く。よくぞここまで回復した。3年前は敗血症と診断されて、80%覚悟してくださいと言われたが3カ月の点滴治療とリハビリと奥様の介護で、体調のいいときは杖で歩けるようになったが、最近パーキンソンになり、震えが手と足にきて不自由さが増したと言っていた。奥さんは「お客さんがきたので緊張しているのよ」(帰宅の羽田から電話したら、震えがなくなったと本人言っていた)タバコは一日2本、お酒も毎日晩酌している。いいね。ランチは近所にあるウナギ卸問屋から直接仕入れて、出してくれた。都内からもここのウナギを買いに大勢のウナギファンが来ると言っていた。

1昨年、突然、娘婿から電話。「九州に来てください、話があります。」これは一大事とパニック障害なんのその。福岡便で無事行けたので、それから自信がついた。ことしは4回往復している。しかし、羽田は新千歳と近い。1時間30分、注意するのはオシッコ。なので機内サービスの飲み物には手をつけない。神田の古本街を歩いたときもオシッコに悩んだ。トイレはどこだ、コンビニに入ると、トイレの設置はありませんときた。雑居ビルに入り、エレベーターで2階に上がるときれいなトイレが必ずある。35年の札幌都心営業で覚えたことだ。ウナギの話からオシッコの話で、どうも変なブログだ。
きょうは博物館の話はおいて、上野アメ横で女性が並んでいる喫茶店を発見。「キーマンカレーはなくなりました」と看板。ということはミートソースのスパゲッティは美味いはずと予測したら、ミートの美味しいこと。


東京は会社の東京本部へ出張とか転職後も会議で東京本部へとかは何度かありましたが、遊びに行ったのは高校生時代の夏休みくらいですかね。今考えれば、ビッグバンドや音楽ステージを観に行ったのですが、高校生が私服とは言え一人で新宿辺りを毎日のように平気で出入りしていた訳で怖さ知らずでしたね。実は生まれは北砂で今で言うウオーターフロントですかね?なのに東京知らずの田舎育ちです。北海道に来る前には冬の上野公園でここで暮らそうか?とも迷いましたが、早朝の上野駅から特急に乗って北海道行きを決断しました。大阪で4年余り暮らした事で都会が嫌になった直後でしたから姉たちも従弟も大勢居る東京に住む事を嫌ったのだと思いますね。むしろ知り合いが誰も居ない新天地の方が魅力的だったのでしょうね。誰にも相談せずに自分勝手に決めるので親にもいつでも事後報告で、当時の連絡船上で手紙を書き船上のポストに投函したものです。北海道は、当時の私にとっては外国でしたね。
私は高校の修学旅行は行かないで、積立金を戻してもらい一人で函館旅行へ行きました。なので東京へ行ったのは26歳くらいでしたかね。金沢と京都ばかり日本海周りで旅してました、金沢からの帰りに池袋で降りました。根本的に飛行機も乗れず、旅は根本的に好きではないかもしれない。道内も全然、旅をしていません。札幌にいれば全道から来る人たちに会えるからです。博物館やそこに住む人たちの暮らしをのぞければそれでいいという感覚。数年前から福岡便はじめ飛行機は大丈夫になりました。、奇跡ですが。今は体力なくなり金もないときています。北海道は外国ですよ。治外法権をアイルランドみたく作るといいですね。本社機能を北海道に持ってくる減税のメリットですね。地震や災害のリスクが高まっているからチャンスです。30日に兄の長女夫婦が2泊3日で千葉から来ます。兄の出生地ニセコで1泊するみたいです。羊蹄山を見たいと。美笛峠経由で行くことを教えました。支笏湖見れるし。会うのは兄の葬儀(1月9日)以来です。