3年間、毎日、ブログを書いていると、手首が疲れてしまい、両方の手首にサロンパスを巻くことにした。少し楽である。前のめりになるから肩凝りもひどくて、会社近くの『てもみん』に行ったこともある。OLもパソコン画面の見過ぎで、『昼休みを利用してたくさん来られますよ』とマッサージ師は言っていたが、肩の凝らない打ち込み方法ってあるのだろうか?画面のタッチだけなら、肩凝りは減るかもしれない。
前の会社に数字の打ち込み速度が速すぎて、パソコンを壊した女性がいたことを思い出した。指の関節の凝りはどうなんだろう。OA機器に囲まれて、目・肩・指・そして姿勢が偏ってきて、人間の将来は大丈夫なのだろうかとも思う。エアポートに乗ると、小型ノートPCを膝に置いて仕事を始める若者やOLが多くなった。文字が小さい。細かい会社からの指示なのか、報告事項を書いているのか見えないが、ゆったり周りの自然の景色を眺める余裕はないのかと思う。水田に水が張られて、稲が植えられ、緑も濃くなる札幌までのエアポート。冬はキタキツネの足跡が新雪に走っている、秋は葉も落ちてサギの巣がたくさん発見できるのに関心はないのかな。
現代人は大脳の使い過ぎで、疲れすぎていると思うのだ。営業の現役時代は、新聞も2紙を読み、テレビCMのスポンサーやどんな企画をしているか20年以上追いかけてきたが、いまはチラシも見なくなった。人を集めて物を売るイベントの告知をさんざんやってきて、その仕組みや儲け率や代理店に丸投げする構造を体験してきて、辟易したのだろうと思う。本当に消費者はそれを必要としているのか、広告に嘘はないのか?という問いかけで始めた『暮らしの手帳』を創刊した花森安治さんは、すごい人だと思う。広告を雑誌に入れないから、メーカーからの圧力がない。購読料だけで経営が成り立つ唯一の雑誌である。電子レンジの機能についてすべてのメーカーの性能をテストするから怖い存在だ。だから信用があった。
戦前に大本営発表に騙されてきた日本人が、自分たちで検証する習慣を商品を通して提示した功績はすごいし、朝日新聞記者時代に戦争を煽った記事を書いた責任を自分に課して、山形で『たいまつ』という新聞を発刊したむのたけじさん。この国にはお手本になる言論の達人がたくさんいる。水俣病患者に終生寄り添った詩人石牟礼道子さん、渡辺京二、免疫学者の多田富雄さん。私の住む団地にも言論ではなく、行動で弱い人間や困った人々を助けて生きている人々はまだまだいると思う。人は弱い存在であることを、しかし芯は強く持って生きたいものである。
