
6月8日9日と大分に住む小6孫の修学旅行。3年ぶりの県外1泊旅行で何か月も前から教室内は長崎談義で喧々諤々。山の中腹にあるホテル宿泊で部屋から長崎の夜が見える。ホテル4階に90名余りの生徒が泊まるのだが、夜は4階フロアから出てはいけない、エレベーターと大浴場の利用禁止令が出た。お風呂は部屋のバスユニットを使用すること。男の子たちはいまから枕投げを計画していて、それを聞きつけた先生方は彼らを先生部屋の隣に持ってきて、監視を強める。 自分が札幌市内の小学生のころ、登別温泉第一滝本館の大浴場に入った記憶がよみがえってくる。生徒は6年生550人だ。とんでもなく広い第一滝本のお風呂は当然、混浴。お風呂の湯気で向こうが見えないくらい広い。タオルをなくしたので、「一緒に探して」とクラスの女の子が私が入った浴槽にやってきた。天衣無縫、自由。浴槽で滑ってケガをしたらマーキョロを塗っておけ。ホテル内で道に迷ったら、だれかれとなく聞いて自力で部屋に帰ってこい。できるだけ一人では行動しないようにという原則だけを守らせればOKの時代だった。550人なんて監視できない、それがかえって生徒の自由度を増したのかもしれない。
話題がそれるが、男の子が土産で必ず買うのが温泉名の入った木刀なのはどうしてだろう。息子も中学の修学旅行(青森)で木刀を買ってきた。お土産の買い方を知らない、何を買ったらいいかわからないときは木刀に手がゆくのか?現代、友達同士で一緒に寝るという体験は、核家族が多い現代、希少な体験だ。どんな遊びを持っていくのか、トランプ、ビンゴなどを持参するのか聞いてはいないが、スマホとテレビゲームか?ずいぶん窮屈な修学旅行ではある。長崎原爆平和の塔を見学してくるので、しっかり勉強してきてほしいと思う。家族で長崎へは4回も行って、チャンポンも文明堂本店のカステラを食べてもいるが一人っ子なので、行動の我慢とかわがままが通用しない空間を体験すると、家庭での自由を再確認する機会だ。
