初めて書籍を作った男~アルド・マヌーツィオ

どんな本でも目次があって、ページがあって、手に取って旅をいっしょにできる本は「当たり前ではないか」と思う人がいるかもしれない。しかし電子本でもページや目次はある。この形にベネチアのアルド・マヌーツィオが初めて作ったという話を読んでいる。時代は15世紀末ごろの話だ。さらに「〇〇〇〇さんへ献呈します」を巻頭につけたのもアルドだ。印刷機を発明したグーテンベルグの名前は知られているが、アルド・マヌーツィオは現代や未来まで通じる、しっかりした校正も含めて、書籍をベネチアで作り出した人だ。

目次やページがあるのはあたりまえ過ぎて、いまさらという話だが、そういうところに気を配り、16世紀に「初めて書籍を作った男」(柏書房・アレッサンドロ・マルツォー・マーニョ・清水由貴子訳)。イタリア特有の都市国家や王侯貴族名や親戚係累の具体的な名前が次々出てきて、私の苦手な系図的な本ではあるが。ページをなぜつくったのか?当時は誤字脱字が多く,2回目3回目の印刷で訂正するときに、どこが場所が誤りなのか調べるために考えたのがページ。さらに何行目にまで数字をいれたこともある。アルドはさらにこれまでの本は読むたびに「脚注」が多く、読者はスラスラ読めないことにも気づいた。気が散るのである。さらにアルドは本の目録をつくることした。こうすると本の予約も取れるから、商売として考えるといいことづくめだ。ベネチアの町の後ろに川が流れてそこに紙の原料の植物も多い(エジプトと同じパピルスかどうかは書いていないが),薄い紙で小型本なら売れる。しかも、カトリック司教の腐敗で原典(原点)に還る機運が高まって、後に宗教改革が始まるヨーロッパ社会だ。聖書をはじめギリシャ語の古典、ローマの古典が印刷して売れる時代にもなっている。しかもアルドは確かなしっかりした本しか出さない(読む価値のあるものしか出版しない)ので、この出版社の本なら安心して買い、読まれる。校正がしっかりしていて、本も軽く、旅の友に最適。

ベネチアという都市は、ギリシャ人、アルメニア人、ユダヤ人、ドイツ人など多く住み、外国語が使う教養人がたくさんいたので、各国語での印刷需要も多かった。アルドが活躍する前のイタリアは、イタリア語での聖書印刷、アラビア語による初めてのコーランも印刷も出回っていた状況で、ノルドが印刷会社を興して成功するバックグラウンドはあったのである。

それにしても、ページをつけたり、目次をつけたり、紙を軽く(薄く)して、持ち運びに便利など次々、現代の本を特徴づけるアイディアを15世紀末に現実化していたのである。覚えておいておきたいことではある。