世話焼き・お節介の減少!?(2022年版)

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近所に出雲大社直結の神社がある。恵庭三神教会だ。最初はキリスト教系の新興宗教と思っていた・・・。そこの宮司さんと知り合いでお茶を飲みながら世間話をしていて、出雲大社は縁結びの神社であるから、結婚願望の強い女性たちが本州からもやってくる。

もちろん全道が中心だけど比率的に80%女性、20%男性が来る。縁が結ばれてゴールにたどり着いてのお礼の手紙もたくさん来ているらしいが、私はお節介ながら、氏名・年齢・住所くらいのデータを作って、お見合いの世話役をやってみてはとアドバイス。簡単なフォーマットを作って、携帯電話やアドレスは書かないで、ここの場所で合わせてはどうだろうかと思った。

一方、札幌のお寺の住職さんが、これまで3回お見合いをセッティングし、「善意でしているのにぶつぶつ言われるだけで感謝の言葉が何もない。金輪際、もう誰も紹介しないと怒っていた」と友人からメールがあった。

お金を払って婚活パーティ-に行くより、中年のおばさんに、人を見立ててもらうサービスを受け取る文化の方が、燃えるようなものは無いけれど、長いローソクの火を灯すような付き合い方もありではないかなと思った次第だ。今は経済面で支え合う共同生活が主流かもしれない。

だからこういう世話焼き文化こそ晩婚化する時代にぴったりくる風習・お節介文化だと思うがどうだろうか?私はこれまでお見合いを3回セッティングしたが、全部失敗した。どちらもアウトではなくて、男の方はOKなのだが女性側が拒否だった。昔、私の隣の家でお見合いがあった。会社の上司の紹介だから断るわけにいかないので仕方なく10歳年下の女性と見合いして「縁がなかったことに」で終った。

国の雇用政策の失敗のツケを若い世代から40代まで被害を被ってるわけだけど、一組でもゴールインして欲しいなと思う次第だ。失敗してもともとと考えれば、紹介された男女は「私にまだ気を遣ってくれる人がいる」という年配者への尊敬やら、ありがたい感情がどこかに残ると思うのだ。ぶつぶつ言って「私(俺)のことを全然理解していない」と紹介者をある瞬間、恨むことがあるかもしれない。

しかし、最近は,お見合い云々より、「どこか正社員で採用してくれる会社はないだろうか」という転職相談が時々舞い込む。広告業界の絶不況で臨時契約や派遣で働いている人が仕事を失う。しかし、現役を引いた私も細いつながりしかないので要望に応えられない。無料の求人サイトは興隆でも、一つの仕事を探すのは大変だ。就職もお見合いに似ている。バイトならたくさんあるけど。明日はまた正月で一段落した、出雲の教会へ雑談をしにいくつもりだ。