コーヒータイム(同級生の死)

小学・高校・大学の同級生が肺がんで25日死去。大学時代、学生運動で警察に逮捕されて以降、公安につきまとわれる日々が続いていた。就職も前科がつくと希望する勤め先に入れない。正社員での就職がほとんどの時代であったが、務めたのは小学校での用務員の仕事であった。冬は早く来てストーブをつけて子供たちを迎える。子供が大好きであった。生物好きの彼は校庭にいる虫たちについても小学生に教える知識もあった。ある日、勤務していた小学校の校長が高校の同級生であった。校長は彼を見るなり「用務員のおじさん、がんばってね」と侮蔑するような発言をした。彼は怒って、学校裏に呼び出し「あの言い方はないだろう。俺を知っていながら。謝れ!」と謝らせた事件があった。酒も好きで人好きもするので、小学校のクラス会にも必ず出席していた。たまたま、そこに道警に勤めた男がいて食ってかかった。「道警のおかげで人生をめちゃくちゃにされた。誰も傷つけず、誰を殺しもせず、政治信条の自由を発揮したまで。憲法に保障されているよ。」言われたほうにしてみれば、なんで俺が怒鳴られなければならないか、警察の組織に向かって呪詛を投げられたかっこうだ。それほど警察への積年の恨みが溜まりに溜まっていたんだ。

ことしの5月から腰の後ろに痛みがあり、病院に行くとヘルニアではないかと診断され手術したが痛みが引かず、別な病院で精密検査をすると肺がんが見つかり、各所に転移していて外科治療不可能であった。亡くなる4・5日前からモルヒネで痛みを和らげて亡くなったとのこと。日本野鳥の会にも属していて、朝早くから茨戸に行き、鳥の観察を続けてレポートを山科鳥類研究所へ送っていたが、送り主の住所と氏名は架空であった。本名を書くと公安に突き止められるからと。彼の書いたレポートを読んだことがる。立派なものだ。ツーリングの趣味もあって、自転車で日本全国回っていた。定年後、自由を謳歌していたのがせめてもの慰めだ。娘さんが彼の携帯をしばらく持って、友人たちからの電話対応をすると言っていた。知らなかった父親のたくさんの思い出が聞けるチャンスでもある。在野の自然研究者として、フィールドワーカーとしてもっと活躍できた男である。

亡くなった彼の同級生今井昇撮影 美唄宮島沼