還暦になった時に、バイオリンをはじめました。「バイオリンの弾けるじじいで死ぬかどうかは、自分にとって大きな違いだ」というのが理由です。もちろん人によって「バイオリン」の部分が、「ピラミッドをこの目で見る」でも、「源氏物語を読破する」でもいいでしょう。何歳まで生きられるかわかりませんが、小さなことであれ何かを成し遂げるには、逆算すればそろそろ手をつけていなければならないとも思いました。もちろん長生きするつもりですし、一方で才能の貧弱さは分かってるので、その分思い切り早めに手をつけたつもりです。また、いい年してあれこれ指図されるのがイヤだったので、独学です。
高齢者でも上手く弾けるようになるか。自分が上手くなったかどうかというなら全然ですが、楽しいかどうかと言うなら、そりゃあもうと言い切れます。やってよかったことは多いですが、まず、尊敬するミュージシャンと同じ地面に立ってるのを実感できます。もちろん向こうは巨人、こちらは小人ですが、ミュージシャンが何をしていたのか、どういう工夫をしていたのかが分かってきて、聞こえなかった音が聞こえてくるようになります。
また、幅広いジャンルの音楽が楽しめるようになります。それまで敬遠していたジャンルやアーチストも、初心者の自分に比べれば神のごとき表現者であり、世界には多くの優れた音楽があったのかと、目が見開かれます。非常にお得です。
ただしこれはクラシック以外をやるならの話。クラシックは天才が作曲して、天才が演奏して、それに近い人達が聞く音楽ですので、今からどころか、子供時代からやっても、多分ものになりません。周囲にも何人か子供時代から音楽を習っていた人がいますが、音楽家になるどころか、当時のイヤな記憶が蘇るとかで、楽器に触ろうともしません。
年をとってから始めるのは、子供時代から始めるより圧倒的に有利です。そもそも音楽は人生の機微を歌い上げるものですから、子供に何がわかるか、という世界です。音楽好きな人なら、生まれ変われることが出来たとしても、子供時代から音楽をやらず、歳をとってから始めたほうがいいでしょう。
高齢者には現実的なアドバンテージもあります。高齢者は特に音楽ファンでなかったとしても、ドラマやCM、喫茶店で会談の時のBGMなどで、これまでありとあらゆる音楽を聞いてきています。だから名前は知らなくても、タンゴとカリプソが違うジャンルの音楽なことはわかります。
また、理屈で理解できるというのも子供にはない強みです。コードの理論などは、ちょっとかじればその分だけ役に立ちます。もともと天才じゃない人が、なんとか音楽をやるために才能を理屈でカバーしようとしたものですから、我々の「味方」です。簡単に覚えられるとは言いませんが、これまでのお仕事の上で、面倒なマニュアル等を押し付けられて覚え込まされたことが何度もあると思いますが、それよりはずっと簡単です。ちょうどゲームの攻略本のようなもので、AとBのボタンを押しながら飛び移るのは多少難しくても、できれば楽しいし、一度できれば二度目以降はむずかしくありません。
そもそも我々高齢者は頭が固く保守的で、経験からは学ぶが、新しいことにチャレンジする意欲は強くありません。なのに楽器に興味を惹かれるとしたら、それは心の底で、やればできそうだと感じ取っているからだと言えます。
(続く)
