悪いことは重なるもの。トイレ・コロナ・帰郷。

7月23日、午後8時、階下から妻の悲鳴が聞こえた。『トイレが水浸し!』。トイレの床が水で溢れていた。ありったけのバスタオルで水を含ませた。冷蔵庫に貼ったシールにある、水の緊急110番2社に電話するが、思うようにつながらない。止水栓を止めてとりあえずの処置。ようやくつながった水道屋さんから電話あり。24日の午前9時に来るとのこと。28歳の若者がやってきた。見立てでは、築40年の家でトイレにある管は2本とも鉄で錆が生じているとのこと。狭いトイレなので広く使えるよう斜めトイレにしたが、メーカーからの取り寄せに使用頻度の低い便器なので6日間かかるとのこと。工事は7月30日に決まる。午後7時に設置が終わる。31日は年に一度の娘と孫が里帰り。トイレ使用が間に合ってギリギリ。小はバケツの水で流せばよいが、大は24時間使える道の駅、近所のスーパーのトイレ拝借だ。嫌な予感は当たるもので、30日の工事で便器は取り付けたものの、やはり床に水が溜まる。さすがに上司の主任を呼んで8月1日に再工事、床に潜って鉄管を塩ビ管に替えて使用可能になった。悪いことは重なるもので、町内商店街の夏祭りの人混みが原因か、道の駅に停泊しているキャンパー利用のトイレなのからなか新型コロナに罹患してしまう。娘と孫は31日は近くのホテルに泊まってもらうことにした。8月1日の工事は厳重にマスクしてできるだけ喋らず、話さないようベランダ開けて風通しに心がけた。普通に水が出て、鉄管から漏れず、大小を流してくれるありがたさを夫婦で実感。

断水はないから風呂場からバケツを置いておけば,水洗は機能する。使用してはバケツをまた風呂場に満タンさせて、トイレ床に置いておく。恥ずかしながら便意をもようす時間が妻は5時から7時。そのため一週間、車を走らせた、。寝不足になり夫婦して2キロやせた。ノイローゼ寸前でした。悪いことは重なるものでした。。

南海トラフのデマで日本中のメディアがジャックされた。静岡のスーパーから天然水が消えてしまった。1993年、奥尻島北海道南西沖地震(M7・8)に被災した島民が1カ月前の心臓定期健診の4人部屋にいた。彼の教訓では『車では逃げるな』逃げたら渋滞が始まり、次々津波に飲まれていったと。

コロナのお陰で、お菓子・果物(なし)とトウモロコシ、漬物届く。ありがたいことです。普通に普通の暮らしができるのが幸せなんだと実感、。