2018年を振り返って。

2018年の出来事で大きなことはやはり家族のことで、病気や手術、放射線治療や治癒であったり退院であったりする。退屈になると「何か面白いことはないか」と動き回る人もいるが、何事もない日常が送れることが実は一番の気持ちの安らぎであったりするから不思議だ。広告代理店での仕事が長くて、たえずイベントや人を集めるために企画書を書いて、せっかく儲けた企業のお金を横取りして、世の人々を「購買や」「行動や」「集客に」走らせてきたことを恥じる。「これはいい物だから買うといいですよ」「これは効果があるから使ってみなさい」「このプランはお得だから他社から乗り換えなさい」。CMアレルギーになってしまった私。CMの世界では「絶対」とか「効果がある」とかは使えないので、あの手この手でお買い得感をアピールする。ニュースを無料で見れる背後に、見た人の個人趣向が反映されて、それに見合った広告が流れてくる。中古のパソコンを長い時間探していると、次の日にパソコンショップ広告が出てきたりする。無料で読む対価がそういうことで反映される。「それで構わない」という人もいれば「不愉快」と思う人もいる。相手に自分のアドレスを教えることは、向こうからどんどんニュースや何かの売り付けニュースを受領することに同意したことになってしまう。そういうサイトが山のように氾濫する時代で、増えることはあっても減ることはないし、それを維持するには莫大な電力が必要である。手前で無料なものは向こうでは莫大な経費をかけて維持をし、修復している。それも軽々と国境を越えていく。グーグルだってウィンドウズだって「アップデートしなさい」とやってくる。トレンドマイクロもウィルスバスターが期限が来てるから再更新のために信販会社のナンバーを聞いて来る。アマゾンでの購買もそうである。一度でも購入履歴があるとあなたの信販カードや銀行口座は自動的に相手に筒抜けになっていることは知るべきである。そこから何が起きるかまたは何も起きないかはわからない。個人情報は保護されているのではなくて、もう駄々漏れの時代に入っていて、要はどう使われるのかが問題なのだと考えたい2019年である。