イズムとイデオロギー

敵を必要とするイズム。

バラトハチ
自宅のバラで密を吸うミツバチ
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近所の恵庭市立図書館

 

昨年4月14日に書いたブログである。グローバリズムは閉鎖的(閉鎖的という言葉はマイナス評価で現在使われている)な市場へ向けて、新しい儲け口として大企業が旗印にする新植民地主義と考えるとわかりやすい。(写真は筆者の自宅庭のバラと歩いて5分の市立図書館)


モーセも部族戦争ばかりしていた。エジプト王とばかり戦ってる映画をハリウッドは「エグゾダス」としてユダヤ資本で映画化していたが、実態は、すでにそこに住んでいたアラブや他の部族を殺し、占拠して、前に進んでいる。マホメッドもはじめは家族だけの信仰だった。次は部族に拡大。そして、他の神を信じるアラブの部族と戦争をしてアッラーを押し付けて行った歴史がある。小さな会社の人事話は飛ばして読んで構いませんが、イズムが敵を必要としているところだけは覚えておいて欲しいところではあります。(2016年7月5日追記)現政権の強みは敵を探しては叩く手法に長けていることです。新聞とテレビが狙われている。不自由な社会がしばらく続く。視聴者を痴呆化するテレビの氾濫、日本は凄いの自画自賛番組のパレード。どうも筆者の性に合わない。

イズムは敵を必要としている。

沼に映える緑

 

「グローバリズムはイデオロギーと書いた。イデオロギーとは、イズムは歴史上、単独で存在したためしはない。イズムは必ず、先行する理念や方法へ対抗する形で表れてくる。イズムは敵を必要としており、それらを打倒する新しい原理として現れる。だから、それらは必ず、闘争的になるか、ニヒリズムのようにすべてを否定する言辞によって表現される。」(平川克美 『グローバリズムという病』・東洋経済新報)


企業経営でよくあるのは、新しい社長が就任すると、前の社長の取り巻きが背景に退き、自分のイエスマンを配置する人が多い。イエスマンが先代以上に能力が高い場合は社員にとっていいことではあろうけれど、能力がないけど、やる気だけがある人物が一番困る。早く成果を出したがるので、下手したら、病人続出だ。筆者のいた会社も社長が交代したら、うつ病患者がばたばた出た。引用した平川さんの「イズムは必ず、先行する理念や方法へ対抗する形(たとえば人事。筆者注)で表れてくる。イズムは敵を必要としており、それを打倒する新しい原理として現れる』。


ここは、何度も何度も繰り返して読む価値のある3行だ。先代の社長を気持ちの中で打倒したいのだろう、そうしないと実質上の社長になれないからだ。だから4~5年経過すると、「この人の社長生命はあと〇か月。次はあの人が社長だ」と鞍替えしていく社員がたくさんいた。どちらに転んでもいいような生き方ができるアメーバー的人間も多い。新興宗教も一つのイズムなので必ず敵を欲する。外に見つからなければ中で作る(組織をまとめる生け贄として。俗称裏切り者)。そして戦いたがる。戦うことで集団はまとまる。まとまるからそこが居心地がよくなる。昔の学生運動華やかなりしころ、外の敵を見失い内ゲバへ走ったセクトもあった。


人類の歴史がこのイズムの交代劇と凄惨な虐殺の歴史から、読み解くことが可能なほどだ。〇〇〇〇イズムは要注意な日本語である。いつになったら静かな平和な時代が来るのだろうか?大きな声で叫ばれる意見の裏に自分とは相いれない敵と思しき集団を排他する思想が実は流れているのだと推理しよう。