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北海道志海苔中世遺構出土銭(国指定重要文化財)
昭和43年、函館市の志海苔(しのり)地区の道路工事現場から、大量の古銭が
出土しました。その枚数は93種類約38万枚で、越前焼きの大甕3つに入って
いました。これらの銭のうち古いものは、前漢の文帝五年(紀元前一七五年)に
初鋳された四銖(しゅ)半両貨幣、新しいものは明の洪武元年(一三六八年)に
初鋳された洪武通宝(こうぶつうほう)で、鋳造年度に1500年以上の差があ
ります。平安時代に日本で鋳造された皇朝十二銭のうち、八種一五枚があるほか
はすべて中国製の銅銭で、北宋時代のものが9割を占めています。(注 北宋は
960年~1127年)
この38万枚というのは出土銭としては日本最大で、室町時代にこの地に国内最
大規模の交易所が存在した可能性を示しています。これらが放棄された理由は不
明ですが、少額の銭ばかりであることから、いわゆる埋蔵金ではなく戦争などの
理由で、それまで使っていたものをいそいで隠したものと考えられています。中
国銭が多いのは、日本では十分な量の銭を鋳造できず、主に中国から輸入してい
たためで、この史料から当時の国内で流通していた貨幣の比率を推定することが
できます。鋳造年代が長期間に渡っているのも、実際に流通していた貨幣である
ことを示しています。
志海苔古銭は蓄財用ではなく、現代社会で例えるなら店のレジのキャッシャーの
ように、日々の決済のために必要な銭であったと考えられ、逆に当時の交易所で
いかに莫大な商取引が行われていたかの一端を伝えています。現在は函館市博物
館で一般公開されており、商業の盛んな大阪方面からの来場者が多いそうです。
平安時代にすでに国内最大級の交易所があったことは、現代の北海道経済の可能
性を考えるヒントになるかもしれません。
函館市立博物館は函館の穴場です。
石川啄木が住んでいた青柳町に市電で降りるとすぐ前が博物館になります。
函館の青柳町こそかなしけれ 友の恋歌 矢ぐるまの花(石川啄木)




以前、古銭を多少持っていましたが、価値を知らずに人にあげてしまいました。子供の頃には田舎の家々の蔵に入って遊んでいましたが、鉄砲の弾や勲章も遊び道具でした。酷い話ですが勲章のリボン部分を捨ててメダル部分だけで遊んでいました。掛け軸や、日本刀も有りました。鎧通しや小刀や甲冑もありましたが、さすがに危険なので、それらは持ち出さなかった記憶があります。今、思えば田舎の蔵はまるで、正倉院の宝物堂でした。子供たちには、そんな歴史や価値は判らず、ただの遊び道具だったのです。隣の親戚の酒蔵の米をつくための水車小屋などでも遊びました。蔵には子供たちを入れてくれませんでしたが、或る時、おばあさんが見せてくれた大枚の古銭があったからでしょうか。田舎の蔵は、人には見せないプライベートな博物館ですね。
私たちの身の回りにも歴史的遺産はたくさんあるんですね。ギクシャクした現代よりも太古のほうが大陸との文化や経済交流も盛んで、外交も旨く運んでいたのでしょうか。実際に残された中国の古銭からも、何となく伺い知れますね。