私はガス室の『特殊任務』をしていた。~アウシュビッツ~
18歳のときに、フランケル『夜と霧』を読んだ。巻頭のモノクロ写真が眼鏡山だったり、靴や金歯、人間が身に着けるあらゆる物が剥がされて積まれていて、写真の迫力(残酷)さに心震えた覚えがある。立花隆の『読書脳』に、アウシュビッツ物で『読ませる力は本書が抜きん出ている』と評されていて筆者も読んで見た。全250ページ河出書房新社。
フランスの若き女性政治学者がシュロモ・ベネチィア(ギリシャに住むイタリア系ユダヤ人)がインタビューに応じる体裁で書かれてあるから、自分で書くより客観性が高い仕上がりになっている。ギリシャから汽車でアウシュビッツに運ばれ、屈強な肉体ゆえ特殊任務〈ガス室で殺された遺体を焼却棟まで運んで、燃えた骨や灰を埋めたり、肥料にする。生々しいこの作業が施設外へ漏れないよう数ヶ月したら特殊任務員も殺される運命だ)さらに、金歯も遺体の口から取る作業もする。
ユダヤ人がユダヤ人を処理させる仕組みを作っていた。反抗的な態度を取ったとみなされたユダヤ人が拳銃で殺されたとき墓穴に入れられ、そこで燃やすよう命じられたとき『私は自分で何も考えないことにしていました。命令されることを考えず、ロボットのようにやるしかなかった。でも、男の身体が燃える炎を見て、死人のほうが生きているより恵まれているかもしれないと考えました。死ねば、この地上の地獄を耐え、人間の残酷さを見る必要がなかったと。』(同書98p)『ゲットーから強制収容された人たちはシラミ以外は何も持っていなかった。私たちから見ると、生きる意欲さえ失ってる人がほとんどでした』(同書146p)『最初のころ、私は自分の手で触った死体のことを考えて、パンを飲み込むことができませんでした。でもどうしたらいいんですか?とにかくちゃんと食べなくちゃいけない・・・・。1,2週間すると慣れてきました。むかつくような悪臭にも慣れました。ある瞬間を過ぎると何も感じなくなりました』(150p)さらにガス室の中で100%死んだが、一人の赤ちゃんだけ生きていた話が話されていて、戦後、産婦人科医に聞くとお母さんのおっぱいを吸っていて猛毒のチクロンBを吸わずに済んなんだと。しかし、赤ん坊もその場で殺された。
ジエノサイドはしかし、止むことはなく地上で続いている。アメリカによる原爆投下、東京大空襲、毛沢東の文化大革命で4000万人、スターリンも数千万人、クメールルージュも数百万、アフリカの部族紛争、スリランカも部族紛争、タイは仏教徒がイスラム教徒を虐殺している、チベット・新疆・ウィグルでも中国軍人の殺しが横行している。イラクでのクルド人虐殺、トルコ人によるアルメニア人虐殺もある。日本も戦中、中国や朝鮮から鉱山や炭鉱開発で強制連行もしている。ウクライナ人が極東に多いのもロシア人によってシベリア鉄道で運ばれたからである。シベリア開発の労働者として確保するため〈主に火力発電所建設のため伐採工事)日本人や東ヨーロッパ、イタリア人もラーゲリにやってきて、厳冬の地で命を落とした。運よく日本に帰国できても、ラーゲリの悪夢は消えない。
アウシュビッツで働いた彼は、いまも気持ちは収容所から出ていないし、ラーゲリ帰りの画家香月泰男さんの黒い絵も亡くなった友への鎮魂だ。中東でもシリアアサド政権やヨルダン国内で民族・宗派同士の武器商人から購入した、殺しが続いている。ジェロモ・ベネチアではないけれど、何でも人間は時間とともに傍から見て異常なことでも慣れてくる動物だ。
善人半分。悪人半分。
平和と思われている現代日本の中でも残虐な性格の人間は数多く居る。DVや子供虐待、祖父母や親に対する虐待や誘拐、そして殺人。窃盗や強盗、性犯罪、喧嘩、抗争、密輸拳銃や麻薬に手を染める者も多いし、年々、低年齢化の傾向にもある。現在のこの状況は悪化の傾向こそあれ、一向に減少するとは考えられない。錯覚するのは、自分の周囲に被害が及んで居ないだけの事で、今日、明日にも巻き込まれるかも知れない。大雑把に考えて、善人半分、悪人半分と思えば間違い無いと、思いたくは無いが、現実として事件・事故は毎日数知れず起きている。戦争や紛争が続く外国では、この差の比率はさらに大きく開き、洗脳され、当たり前のように殺戮が行われるのだろう。そんな中でも最後まで生き残れる人間が「悪人」の代表そのものだろう。人間は誰しも、多かれ少なかれ、そんな悪の要素を持ち合わせている。子供たちの「いじめ」もそんな兆候とも思える。ごく最近では、教師までが児童をいじめているらしい。アウシュビッツの再来が無ければ良いと思うが。
右傾化。
なかなか話したがらないが、戦争経験者の人たちは生で見ているし、自らの意志や命令で殺人や残虐行為を行ってきたのだろう。「殺らなければ、殺られる!」殺し合いの現場で考える暇は無い。最終的には国を守る事より自分を守る戦いだったのだろう。聞くに耐えない拷問や見せしめの殺し、暴行など、ドイツのヒトラーの話の前に、日本軍の行為は、今の時代でも、諸外国から相当な反感を持たれているし、日本人は残虐な人種だとのレッテルを貼られているようだ。戦争が全てを変えてしまうのだろうが、ここ数年の間に我が国も含めて、世界各国がまた右傾化に走っている事実は否めない。