ノイローゼという言葉が懐かしい(2021年版)

うつ病という言葉がこんなに日常的に、会話に、テレビ番組に、映画にたくさん出てきておかしいと思う人はいないのだろうか?私の少年時代は、両親は「あの人はノイローゼだから」という言葉を多用していて、その真意は、何事も神経質で、細かいことにこだわって仕事や勉強がはかどらないのだという程度で、どこかに寛容さや、時間が経過すればすぐに治るよという楽観があった。うつ病の定義は、アメリカ精神医学会編纂「精神障害の分類と統計の手引」第3版(DSM-Ⅲ)に依っていて、この定義づくりにワクチン製造でいまをときめくファイザー製薬などのお金が投入されているのは言うまでもない。うつ病の定義が広がる、一般に周知されれればされるほど、患者が増えてると思わないだろうか?

街中に乱立する心療内科の看板を見るにつけ、人気の病院は診察まで何か月待ち状態である。これといった医療設備投資も要らず、使うのはアドバイスと抗鬱剤・精神安定剤といった薬。それも1種ではなくて何種も組み合わせて、患者負担を増やさせて通い続ける。こう書く私も恥ずかしながら、以前、在職した会社で「うつ病なんて怖くない」と題した講演会を藤沢薬品(後日、山之内製薬と合併してアステラス製薬)からの協賛金で開催した。当日は超満員で参加を断る状況であった。講師も大学病院で診察する人気の先生であった。そのときに作成した小冊子は製薬会社のMRが日本全国の内科を中心に置いた読本としてばらまかれた。何回も増刷を繰り返したので手に取って読まれた方もいるかもしれない。タイトルも「うつ病なんて怖くない」~うつ病は脳の風邪である~。余談ながら、私は当日は患者さんが、たくさん来るから、明るい雰囲気作りにと前座に、地元の落語家を呼んで、笑いをとろうと思った。しかし、これが大失敗であった。しかも事前の落語内容を点検すればよかったが、どちらかというと病気を茶化す内容であった。主催者としてヤバイと思ったが後の祭り。素人芸の怖さであった。

終わった後のアンケートで「笑いをやるとは何事か!」「真剣に病気を治そうと思ってきたのにふざけてる」と最悪の評価であった。ただ、この講師自身がうつ病で苦しんだ体験を話し始めると、患者の体が前向きになり、親しげな雰囲気に変わっていった。鬱は鬱に親しみを持つ。私の発見である。最近、私は鬱って伝染性があるのではないかという思い込みである。別にウィルスがいいるわけではなくて、暗いと周りも暗くなる程度の話だ。私のところにも大きな会社に勤務する知人から4月人事によってで「職場環境最悪」とか「朝から暗くて暗くて」「バカをやれる人間が、ムードメーカーがいなくて」というメールが入ってくる。ううーん。他力的過ぎない?自分が変わるのが早い解決だと思う。

うつ病の人がたくさん身近にいたり、自分も精神的に落ち込むこともたびたびあったが、なんでも自分の能力以上のものを抱えたり、誰かから圧力的な行動や発言をされたときなど受け身過ぎる生き方をしているとなりやすいかもしれない。そういう意味で自宅で仕事ができて(そういう仕事がある間はいいが)生活できる賃金と自分の時間を与えらえれば天国だと感じるサラリーマンも多いかもしれない。

4 thoughts on “ノイローゼという言葉が懐かしい(2021年版)

  • 2021年5月13日 at 11:07 AM
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    鬱の講演会ですか?。会場内の雰囲気はさぞ暗かったのではないかと思います。前座を落語に着目したのは面白い発想だと思いますよ。しかし賛否両論ですね。でもきっと全員から顰蹙を買ったわけでは無いと思いますよ。反対意見は声高になりますから、賛成意見も消されてしまうのです。私の場合には鬱ではなく地震>の講演会でした。ラジオで知った東京の地震研究者の講師を呼んで市民会館大ホールで講演が始まったのですが、最初からざわめき出して席を立つ者も出始めました。会場のロビーにいると、ホールから出て来た客が「こんな、つまらない講演なんか来るんじゃあ無かった」と捨て台詞を吐かれました。当時は奥尻の大地震と津波被害の翌年でしたから、タイミングは良かったのですが、皆んな対岸の火事のように考えていたのでしょう。私は奥尻島にロケに行った翌年に大地震が起きたので他人事とは思いませんでした。講師の話では日本国内では3分に1回の割合で地震が発生しているなど為になる内容でした。とかく講演会は、残念ながらお勉強嫌いの人も多く、自分に直接関係している身近な事とか、娯楽的内容とか軽い演題のものの方がウケる傾向にありますね。

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    • 2021年5月13日 at 12:57 PM
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      地震の講演会ですか?興味ありますね。ユーチューブで探せば地震の話はあるでしょうが、会場内の参加者のうごめきは伝わらないですね。生ライブの魅力です。奥尻も青苗地区で多数の町民亡くなりましたね。「自分に直接関係ない」ことは後回しは仕方ないです、想像力が働かないと行きません。笑いがあれば和むというものではなくて、どういう議題の講演なのか私も知恵が浅かったと反省してます。それから「不眠症なんて怖くない」「血をさらさらにするために」「パニック障害」「糖尿病」など多数の講演会を企画実施しましたが、余計な前座はなくしました。笑いは講演者自身がやってくれることに任せました。

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  • 2021年5月13日 at 11:14 AM
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    鬱は突然!現れますね。何でそうなるのか?多分複数の悩み事などの累積がそうさせるのではないかと?思います。確かに思い当たるのは、就寝時間に心配事で眠れず朝方まで悶々としたりイライラしたりした事はあります。案の定その翌日は睡眠不足で元気もなくなります。グッスリ眠れば解消されますが、こんな事が続けば本格的な鬱なんでしょうね。

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    • 2021年5月13日 at 1:03 PM
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      鬱は国民病みたいな感じです。わいわいボールを公園でけって遊んでいた日々にはなかったと思います。会社の中が疑似家族みたいなもんでしたから、「おまえどうした?お茶でも飲むか?」と誘ったり誘われたりして、社員同士が医師と患者の関係ではなかったでしょうか?赤ちょうちんを利用していた人も多数でした。経費も使えたし。そういう無駄がなくなって、余裕がなくなって人生がきつくなってる、効率だけで測る人が増え、バカが減った世界に突入。バカ演技はテレビに任せる時代に入ったのでしょう。

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