20年前の12月14日、倒れた私。

49歳で広告の営業現場を仕切っていたとき、いつのもメンバーと健在だったニッカウヰスキー直営レストランで同ランチを食べ,終わると吐き気がきた。すぐに会社に戻り、会議室椅子を2本並べて横になる。背中には劇痛、心臓部分も痛い。会社の隣が30代の赴任したばかりにの産業医。健診を受けるが、最悪の医師であった。現場で働いた経験のない医師。いわゆる頭で医療だ。痛い私の心臓を体重をかけて押し出した。私は怒鳴った、「何をするんですか!」。横にいた看護師は目をそむけた。その症状は心筋梗塞か心不全の兆候ではないかと素人でも判断できるレベルだが、机の上の勉強だけで循環器の医師免許を持った彼は、ぐいぐい押してくる。このとき札幌市消防局へ救急車を呼べば、カテーテル&ステントで10日くらいの入院治療で済んだものが、退院まで60日間かかった。その日は、痛みをこらえて。、みぞれ降るなか、知り合いの喫茶店のマスターに「休ませてくれ」と言い、水をもらい休んだ。30分して札幌駅から痛む胸を押さえて電車に乗る。顔は真っ青だったらしい。自宅に帰り、風呂に入り、次の日近所の循環器医師へ。突然、医師が「動くんでない」椅子に座ったまま、救急車に乗せられて手術できる病院へ搬送された。急性心筋梗塞であった。私は夢を見ている感じで、なされるがまま、ベルトを外され検査室へ、冠動脈の動きが激しく手術台に乗せることができず、しばらくナースステーション横の部屋で検査機器を付けて、手足を縛られ監視された。妻は主治医から「覚悟してください、生死は半々です」と。通夜や葬儀の段取り、生命保険の額と子供二人の教育資金を計算していたらしい。また、亡くなると会社の誰に連絡をしたらいいかなど妻も現実というよりテレビドラマを見ているような、夢物語であった。2週間して心臓の動きが穏やかになって、心臓カテーテルとステントを入れて広げたが、発見が1日遅れたことで心臓の筋肉の30%が壊死した。疲れやすい。私を誤診した医師は街の真ん中で内科を開いている。産業医の報酬は1年で1000万円を払っていたからね。何度か町中で彼と会うと、向こうは目をそらす。とにかく、最初の病院や医師がどういう能力のある人かで生き死にが変わるので、緊急性の要する症状には病院選びを間違わないようにくれぐれも注意していただきたい。余談だが、心臓をやられる男は負けず嫌いが多くて、闘争心も強い。私が倒れる何年も前から、仕事をさぼり、ゴマスリ集団と戦ってきた(つもり)だ。それと心臓の場合、肩が凝る、背中が痛い、胸がチクチクするという体の反応があったら、すぐに心臓CTを受けよう。一発でわかる。あれから20年が経過して私の心臓はまだ動いている。人相の悪い誤診医師も生きている。

4 thoughts on “20年前の12月14日、倒れた私。

  • 2021年12月17日 at 6:19 AM
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    つい先日の夜中にお隣に奥様をご主人がクルマで病院に向かったらしいと家内から聞いたのですが、昨日は私が開院時に仕事をした心臓系専門の病院に入院したらしいと。しかも、そこから又大学病院に移ってペースメーカーを入れるらしいとか。身近に心臓病の人がいました。私より若く美男美女の子供も居ない夫婦ですが、奥様が経理事務所を退職し、ご主人も定年退職して一段落した後すぐに奥様が寝込んで、すっかり元気が無くなりましたが、まさか今度は心臓病とは。健康そうなご主人もさすがにショックだ様子だと聞きました。義母もペースメーカーを入れ93歳で今年の夏に他界しましたが、現在の医療技術は相当進んでいるようですね。元気な内は考えもしない病気も長い間に進行している事も有りますからね。知人の兄が大阪で亡くなったばかりなのに今度は姉が大腸ガンでクリスマス入院だと言っています。突然の大病にも必ず原因が有るのでしょうから普段から体調管理には気をつけたいですね。

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    • 2021年12月17日 at 11:08 AM
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      仕事を辞めるというのは、相当なストレスをかけます。他人からの認証(自分の存在を認めてくれる人がい続ける意味の深さ)がなくなると、家庭内引きこもりになりがち。健康のために一日3回歩く人も周りにたくさん(主に男)はいます。武者修行層のように歩いて、話しかけても生返事多いです。奥様方はおしゃべりで健康を維持していらっしゃいます。私の母方も2名、ペースメイカーいました。年末年始、病院が休みになるので先ほど、薬をもらってきました。糖尿と眠剤です。101歳になる認知度2という母親を抱えている知人もいます。95歳の両親を抱える知人もいます私も母親が入居した老健施設から電話が来て走ったことがありました。埼玉の知人は夜中の3時に施設から電話があって、転倒して肩を打撲、救急車で運ばれた連絡が札幌からあったと話していました。施設からの連絡は昼夜問いません。夜中の電話はいいニュースはまずありません。

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  • 2021年12月17日 at 6:27 AM
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    50代半ばに重責のストレスだったのか?倒れそうになった事が有りました。幸いにも?私よりも会社が先に倒れたことで,別の不安は有ったものの変な事に肩の荷も降りて体調も回復しました。心配事や重い責任を背負う事も無い事がベストですね。

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    • 2021年12月17日 at 11:12 AM
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      心配事は、どこか自分でつくってしまってるところもありますね。だあれも心配なんかしていないことってあります、なぜ自分は心配しているのにとね。倒産は別ですがね。ある転職者がその先が直ぐ倒産して「働かないうちに退職金割り増しもらってもうけた」と喜んでいた人いました。人さまざまです。

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