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ざっと4世紀までに輩出した、その後の人間の思想や科学技術の基礎部分を作った人たちを、吉川弘文館の「世界史年表」から拾ってみた。

太陽暦の採用(エジプトBC2781年)、武器の最前線・鉄器の使用(ヒッタイトBC1600年)、農耕の開始(中国BC2500年)、思想や宗教も、ゾロアスター(善悪や光と闇の発明、スターウォ-ズはここからヒント)、ピタゴラス、ターレス、アナクサゴラス、ホメロスはBC10世紀。

私の好きなイソップはBC6、養老孟司さんが死後会いたい人NO1の万物は流転するのヘラクレイトス、原子が万物の素といったデモクリトス、演劇の基礎を築いた悲劇や喜劇作家たち(コーラスの基礎はコロノスといって円形劇場で演ずる人の周りで泣いたり歌ったりする人たちだ)歴史家のヘロドトス・ツキジデス、哲学のソクラテス、プラトン、アリストテレス、飛ぶやは飛ばずと言ったゼノンや享楽を旨とする人生観を提唱したエピクロスは心の平安を説いた人でもある。

数学幾何学のユークリッドや体積を考えたアルキメデスや世界地図の基礎づけたプトレマイオスが活躍したエジプトのアレキサンドリヤ。この町でギリシャ思想や文学をアラビア語に翻訳、ヨーロッパへ橋渡しをした(アラビア語からラテン語へ移す基礎を作る)ローマにわたってキケロ、ベルギリウス、ホラチウス、英雄伝を書いたプルターク、インドでは輪廻思想からカースト制度の基礎づけたバラモンや釈迦の誕生、ゼロの発見、ギリシャ彫刻との出会いから始まったガンダーラ美術と東方(中国・朝鮮・日本)への伝播。中国で仏教経典をパーリー語から漢字へ大翻訳作業開始、朝鮮や日本へ仏教伝来の基礎を作る。

目を転じて中国へいくと漢字の基礎の甲骨文字がBC11世紀、BC6世紀ころから孔子、孫氏。老子。孟子、荀子、荘子、韓非子、紙を発明した蔡倫もAD100年ごろだ。おっと忘れていた、イエスキリストだ。ペテロや現今のキリスト教を作ったパウロ。聖書の完成はAD120年頃とされている。

卑弥呼が使者を中国の魏に遣わすのが239年頃だから西方の世界では以降約1800年間の歴史を動かす種が出尽くしてる感がある。吉本隆明の言ったこともうなづける。インドのゼロの発見がなければ(いずれどこかの民族や人が見つけたかもしれないが)数学の長足の進歩はなかったろうと思う。0と1のデジタル社会を作り上げた。

こうしてみてくると、人間の精神はさっぱり進歩していない気がするのは私だけだろうか?医学の祖ヒポクラテス医学の基本は「患者の苦痛を減らすこと、取り除くこと」としている。してみれば「患者の医療費を増やし、製薬メーカーや検査機器会社の機器購入の原価償却のため過剰診療と放射線を浴びせかけて」存続している病院経営、医師、厚生労働省や製薬メーカーは国民モルモット化を進行させている。

ことはこれに限らず思想家や宗教家も現代世界を見て、慨嘆・絶望・大泣きの連鎖になるだろうと思う。ちなみに火薬は中国唐の時代で7世紀くらいだ。これも歴史や戦争形態を大きく変えた。

*上のブログは新型コロナが流行る前年に書かれたもの。患者を「市民」や「国民」と置き換えると、現在のコロナ政策がPCR検査をできるだけしない専門家会議の間違ったスタートから始まったことがわかる。2020年1月から始まった札幌市の緊急コロナ会議を傍聴していたら、PCR検査は一日に12件だけ。これがしばらく続いた。190万都市で12件、しかもこれを東京の感染研究所へ送って判定する。陰陽判定出るまでに1週間かかるというのだ。感染研はコロナ菌の分析を自分たちだけの論文を書くための資料としていたと言われても仕方がない。病院を経営する医師たちもさすがに大脳がブチ切れて、「民間の検査会社でできないのか?」と声を荒げた。返答は「民間にはその設備がなく、整えるまで時間がかかる」。最初からPCR検査をなおざりにして、国民(市民)の健康を守る使命感なんて、専門家会議(当時から尾身会長)にはない。2年以上経過していて、使命感なしで仕事をする専門家会議だ。どこもかしこもモラルハザード満杯の人ばかりだ。専門という言葉にTV局も騙され続けて子供でも喋れる教授を出して時間を埋めている、報道部のレベルの低さ、批判的に報じない。

  1. 新型コロナは報道もバラエティーワイド番組も格好のテーマですね。「他人の不幸は蜜の味」とばかりにまくしたててはいるものの誰一人として命がけの答えなど出て来ませんね。毎日毎日コロナ終息を願うどころか、次から次から新しいネタが舞い込んで来るので出演オファーも途切れる事も無く暮らしも安泰ですね。今朝はステルスオミクロンなる命名の感染力の早い新種株のニュースです。これでまたネタが出来たわけです。このまま行くと人類全滅かも知れないとの危機感が有るならそれなりの防御の答えを提案でもしたらいかが?と言いたいです。ワクチンも万能では無いらしいので「ワクチン」だけに頼らず「無駄なアベノマスク」よりも国民全員に「家庭内感染予防用防護服」と「外出用防毒マスク」でも配布した方が良いかも知れませんね。東京空襲からの疎開一家の我が家には「防毒マスク」(当時は防毒面)がありましたよ。ゴム製でセルロイドの窓と口元は薬剤?の入った吸排気孔部分がありました。姉たちが布の肩掛け鞄に入れて空襲下の東京で登下校時に携帯していたもらしいのです。国が配布したのか個人的に購入した物なのかは分かりませんが。

    • 「他人の不幸は蜜の味」は新しい感情で、狩猟時代は、食べ物がない人には分けて自分がないときはもらうという掟というか昔からの教えが活きてました。農業が始まり、富の蓄積による貧富が出てきてから「他人の不幸は蜜の味」が出てきたように思います。旧約聖書のエホバも自分で「私はねたむ神だ」と豪語してますから、この時代はもう貧富の格差が相当出ていた時代。次のキリスト教も貧富増大で、弱者救済の宗教です。そうですか、テレビは相変わらずはしゃいでますか。出演者もギャラで生きてますから、そこが必死ですね。画面で写された画像を、安全な空気清浄機の入った天井の高い空間でにわか勉強のコロナ知識を開陳して生きている。昔の少年さんの言う「他人の不幸は蜜の味」の程度が異常な高まりを見ていますが、本当に困ってる人の声は届いてこないし、うまくしゃべれない。そこを想像力で補わないと現実は見えません。自宅横の内科に行ってきましたが、3回目のワクチン接種に老人が殺到しています。TVばかり見て煽られてるところありますね。空気清浄器を全家庭に配布したほうが、今後半永久的に使えていいと思いますよ。

  2. 前例ばかりを重んじる所にも進歩の無さを感じますね。あらゆる規則も自分たちで考えたものでは無く先達や前任者が考えた事の踏襲に過ぎませんね。新しい改革案を勇気をもって提案する事の方が優先されるべきですよね。良し悪しは考えればわかる事ですし、実践しながら判断も出来ますからね。

    • 自分が属する集団の価値観に寄り添ってしまい、楽な人生や思考で生きる癖が小さなころから身についてしまいました。幼稚園、小学校、中学、高校、大学、勤め先、町内、国家、政党など。変わった考えがあると「それは面白い、やってみよう」と動き出す習慣を身に着ければ、もっと違った製品やシステムやアイディアが生かされる国になったはずが、もったいないことです。話せば新しいアイディアを持っている人を何人も知ってましたからね。世の中は「変わり者」しか変えていきません。それでようやく過去の知識や先例に一つ穴をあけるのだと思います。そして社会や企業やシステムは前にうごきだします。

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