「空っぽ」こそ役に立つ(老子自由訳 加島祥造) 

札幌 ノルベサ観覧車

加島祥造さんの自由訳で、表題の「空っぽ」こそ役に立つを紹介します。ちくま文庫「タオ」第11章です。

遊園地の

大きな観覧車を想像してくれたまえ。

たくさんのスポークが

輪の中心の轂(こしき)から出ているが

この中心の轂(こしき)は空っぽだ。だからそれは

数々のスポークを受け止め、

大きな観覧車を動かす軸になっている。

粘土をこねっくって

ひとつの器をつくるんだが、

器は、かならず

中がくりぬかれて空(うつろ)になっている。

この空(うつろ)の部分があってはじめて

器は役に立つ。

中がつまっていたら

何の役にも立ちやしない。

同じように、

どの家にも部屋があって

その部屋は、うつろな空間だ。

もし部屋が空(から)でなくて

ぎっしりつまっていたら

まるっきり使いものにならん。

うつろで空(あ)いていること、

それが家の有用性なのだ。

これで分かるように

私たちは物が役立つと思うけれど

じつは物の内側の、

何もない虚(きょ)のスペースこそ

本当に役に立っているのだ。

空白を嫌う新聞、沈黙の間を嫌うテレビ。疲れないだろうか?ひとりひとりは本当は静けさや平和を求めているのに、あわただしく走りまわっている。サラリーマン時代、内ポケットから手帳を出して、スクジュールを眺めて、「手帳が埋まっていないと落ち着かないんだよ」と言う役員がいた。私は多忙なのだ、この会社で重要人物なのだと自己納得する瞬間である。テレビを見ると、沈黙を嫌う集団の電気紙芝居に思えてくる。空白と静けさに暴力を加えているようにみえる。かつての自分もそうだったかもしれない。「暴力的な人は静かな死を迎えられない」。紀元前6世紀ころにいたとされる老子の言葉の加島祥造さんの自由訳でした。

4 thoughts on “「空っぽ」こそ役に立つ(老子自由訳 加島祥造) 

  • 2022年9月5日 at 12:57 PM
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    財布の中身は空っぽです。でも、いつか大金が入るであろう、その時のためにあえて空っぽにしてあります。さて?そのあては?と言われれば全くありませんが。頭の中もほぼ空っぽです。多くの知識をいつでも蓄えられる様にですが、いつの間にか蓄えていた僅かな事すら忘れている自分に気づきます。

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    • 2022年9月5日 at 4:35 PM
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      空っぽとはいえ、空気は入っているので空っぽとは言えません。財布の中も空気で膨らんでいます。大脳も思い出でたくさん詰まってると思いますよ。心配事もふくめて。未来は、財布も充実、大脳もピカピカになりますよ。

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  • 2022年9月5日 at 1:01 PM
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    家の中が空っぽなら?どれだけいいか?と考えますが、大家族には世帯主の居場所すらありません。それどころか間借り人の筈の孫たちの方が優遇されていますから悔しいですね。静かな空間で思いっきり楽器でも吹いたり弾いたりしたいものfです。今の私の僅かな空間はクルマです。

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    • 2022年9月5日 at 4:38 PM
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      私は2階全部使ってますが、解放区は車の中です、ガレージの中もいいですね。誰もいないところが安心出来たり、人混みの中を歩くだけでほっとするときもあります。わがままな生き物です。ないものねだりばっかりする私です。

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