すべての生物は別々な時間と空間を生きている
12月7日の予定のブログが消えてしまい、再録させていただきました。申し訳ございません。
「暇と退屈の倫理学)(國分功一郎)の中で引用されていたエストニアの理論生物学者ユクスキュルの提唱した「環生物」の概念だ。以下、國分さん。「私たちはふだん、自分たちをも含めたあらゆる生物が同じ時間同じ空間を生きていると考えている。ユクスキュルが疑ったのはそこである。彼は述べる。すべての生物がそのなかに置かれているような単一の世界など存在しない。すべての生物は別々の時間と空間を生きている」(新潮文庫294p)あらゆる生物はそれぞれがそれぞれの環世界を生きている。人間が頭の中で抽象化するのが「環境」だとして、実はそれは虚構で、それぞれの生物はそれぞれの環世界を生きている。
人間も例外ではなくて、たとえば札幌の駅前通りに降り立ったとして、ここから500メートル先の大通り公園まで歩くとしよう。Aは広告屋さん40歳、Bはテレビ局に勤めるOL35歳、Cは建設会社に勤める建築士40歳、Dはこれからハローワークで仕事探しの26歳男だ。5月にしては暖かい25度で風はない。湿度も低く快適。午前8時30分。黄砂が降るから注意報が出ていた。道銀駅前支店のニュースビジョンでは広島で開催のG7のニュスが流れている。そういう環境に囲まれて4人はこれから始動開始。足の筋肉へ目的地まで歩きだす。
Aは朝9時半からの営業会議で何を話そうか思案して,少しいらイライラが出てくる。(なぜ若い奴は新規開拓の飛び込み営業をしないのか困ったものだ)周りの景色はいつもと同じでほとんど何も見てない。せいぜい前から来る歩道を走る自転車にぶつからないよう注意するだけ。Bはようやくテレビ局に派遣とはいえ職を得て、ラジオとテレビの現場と事務方の仕事を任せられるようになって、のりのりな毎日。病気がちなお母さんが心配ではあるが、近々、退院してくるからそのときはささやかなお祝い会をしよう。ケーキも用意しておこう。大丸デパートのフルーツファクトリーにしよう。Cは職業柄、建物の外観や看板の取り付け具合を見てしまう。北2西2のかに本家の看板が落ちてきて、ランチタイムに偶然下を通ったOLが大けがをした事件が以前あった。植物状態になったと聞いているが回復したのだろうか?大成建設がHBC跡地にNTT都市開発発注の高層ビル工事で決められていたボルトより細いものを使い、さらに改ざんをしていて途中までの工事を中止、全部一度解体してやり直す前代未聞の手抜き工事があった。自分の仕事はゼネコンの下請けが多いから設計図を何度も見直すことを今度の会議で提案しよう。Dは事務の仕事を希望しているが、派遣の繰り返しではなくて正社員への道がないか電車通りにあるハローワーク。
AからDは同じ時間と空間にいながらまったく別の世界を生きていると思わないだろうか?見ているもの、考えていること、感じていること、さらに家庭を持っているとさらに複雑になる。2023年5月24日午前9時半札幌駅前にたたずむ4人。ホモサピエンス。駅前通りはAにとってはスポンサーのヤマ、Bにとっては楽しい職場と同僚がすべて、Cにとっては駅前通りは建築物の群れで観察し尽せない宝庫、Dにとっては駅間通りのどこかの企業で働けないか羨望の通りだ。
札幌市内で約200万人のひとが住んでいる。AからDのようにそれぞれの時間と空間を生きている。ひとりひとり話してみないとわからない。聞いてみると200万種類の物語がきっとある。
環世界は同じ種(ホモサピエンス)であっても、全然別な時間と空間を生きているんだと思う次第だ。
環世界は人間以外の別な生物から見える世界と喧伝されているが、私は敢えて、それ以上に人間同士の「環世界」を想像してみた次第だ。一度、自分を「世界虫」になったとして,地を這いずるところから現代を見直してみたいものだ。一匹の虫であって、ほかの虫たちとは違う。
よ食うてひり つるんで迷う世界虫 上(かみ)天子り下(しも)庶人まで (司馬江漢 江戸末期の画人・洋学者で奇人天才)



坊主の孫。
人間もかつての太古の恐竜から見れば小動物に過ぎないのでしょうが、虫や小動物から見た環境は、我々人間から見たスケール以上なのでしょうね。人間が一歩の歩幅でも、彼ら彼女らにしてみれば大変な運動量になるのでしょう。一方、鳥や羽のある虫たちは小さいながらも人間以上の行動範囲ですね。もしも天使では無いですが、人間も進化して羽でも生えれば今以上に行動範囲も広がり、相当の距離意外は交通機関など使わずとも生きて行けたでしょうね。でも毛皮を着ている動物たちと違って丸裸では邪魔な流行りのファッションの洋服を着なくてはいけませんから羽ばたけませんね。裸でも生きられれば、経済的ですが、北海道の冬は冬眠でもしない限りは生きられませんね。暖房やら、冷房やら、クルマやら、バスやら、電車やら、衣服やら、眼鏡やら、食べる為や住むためのお金やら、人間には必要不可欠な物が多すぎますね。またジッとして居れば良いものを多動性よろしく必要以上に動き回る習性もあって、無駄な事ばかりして生きているのも人間ですね。虫たちに言わせればきっとこういうでしょうね。『どうせ、やがて死ぬのに?』と。ね。
seto
動き回ると暖房代が節約できます。私はフトンに入って半分,冬眠。ブログ書くために起きてきてまた寝る暮し。ほかは本を読んでいます。さっきも小雪で庭にくるスズメたちが慌てて朝ごはんを食べにきました。くず米がなくなったので、仕方なく我々が食べる米をスズメに食べさせることにしました。生き物は同じです。だんだん仏に近づいている自分があります。昨夜、「ラブレター」を見てました。フランス語で翻訳されてました。アラビア語のラブレターもあります。すべて海賊版ですね。コピーです。小樽をブレークさせたラブレターですが、舞台となった家が焼失したり、事件ありましたね。あの当時の中山美穂の初々しかったこと。