1)庭のベンチにスズメのため、くず米を毎日置いている。ヒヨドリもやってくるが、食べる量が多くスズメたちは遠慮しながら食べている。その中に1羽、静かに食べているスズメがいる。寄っていけばふつうは逃げるのに逃げない。きょうもやってきたが、カラダが傾き、雪に倒れているように見えた。近くに体が10倍は大きいヒヨドリがやってきた。さすがに彼は食べられる恐怖から羽根をバタバタさせた。動いているから元気あるが、羽根をばたつかせても空を飛べない。自宅に大きな竹筒があって、柔らかい布を詰めて、手袋をはめてスズメをその中に入れて暖を取らせたが、明日は今夕の寒さでダメだろうなと妻と話しながら、万が一の場合、どこに埋めてあげようか考えている。スズメの寿命は約3年から4年。ふだん、彼らの自然死は見えない。体に悪い食べ物を食べたのか。ウィルスかもしれない。実兄が12月31日にガン死して1月10日に川崎に通夜に行ってきたばかりなので、目の前のスズメの弱り方をみているとたまらない。「エスコンフィールドに一度行きたい」と電話で話した兄だった。自宅から車で15分で行ける距離だが、亡くなっては行けない。野球好きな姪の旦那さんから「ぜひ行きましょう」と言われたのが救いだ。その日まで私が生きられればの話だが。

2)羽田から川崎の新百合ヶ丘まで姪の旦那の車で高速を飛ばした。複雑な道路をナビを見ながら道路チェンジをしていく。信じられない道路と運転だ。「このなかで地震が起きたらどうするんだろう」と思いながら、都市圏は危険スレスレの人生を生きていると思った。新百合丘も狭い道路、立ち並ぶマンションと坂道。平地と広い直線道路で住んでいる私。坂道だって大雨が降れば川になる。同じ狭い道でも娘の住む大分中津市の城下町は、マンションがほとんどないから空が広い。

 

ホテルから見た新百合ヶ丘タウン

  1. 東京の分譲マンションの平均価格が1億数千万円だと言う。私も仕事柄分譲住宅や分譲マンションの広告に携わって来た経緯は有るものの、札幌でもバブルの頃に初めて1億円超の分譲住宅や円山の一等地の分譲マンションの仕事に関わったが、どうせ苦戦するだろうと思いきや直ぐに売れたから驚いた。その結果を見て地主オーナーは『もっと高くすれば良かった』と。一例だが、若い女性が外人の彼氏と現地のモデルルームに現れ契約して行った。どうやら親の遺産相続だそうだ。もう一件はワンボックスカーで現れた家族連れだったが、こんなファミリーが買える物件では?と思ったが何とその場で契約。聞けば岩見沢だったか近郊のクリニックの経営者で家族全員での見学(視察)だった為普段のベンツではなくワンボックスカーで現れたと言う訳だそうだ。しかし当時でも札幌での億ションは珍しく今でもその延長線でのマンションや分譲住宅販売だが、首都圏は億ションが当たり前になってしまった様だ。人口密度も高く、お金持ちや高所得者が多いとは言え、低所得者だって多い筈なのにその方々が住むアパートさえ家賃の値上げブームだと言う。一体?どうやって生きて行くのだろうか?と、貧乏人仲間の私など他人事とは思えぬ心配をしてしまう。昔、大阪の郊外の池田市で親切な不動産屋さんに紹介され、古い民家のお婆ちゃんが大家さんの家に月3,500円で4~5年間借りした時の事を思い出した。自炊して?と言ってもインスタントラーメン程度で洗濯も自分で、シャワーは使えて8畳間だったが家族同様に親切にしていただいたものだ。単なる借家ではなく人情の有る暮らしでした。当時は物価も安く休みには商店街アーケード内の中華屋食堂でライス一皿と餃子一皿と湯麵の丼セットで200円でしたから苦しい暮らしには有難かった。またお金に困れば唯一の質草だったトランペットを同じアーケード内のウラ小路の行き付けの質屋さんに持って行くと必ず、黙って9,000円を貸してくれたものです。質屋のおじさんも目利きのプロですから国産のトランペットの価格くらい分かっていて、例え流れたとしてもさほどの価値が有るとは思わなかった筈で、毎回返金に来て返品して貰った私を信用してくれていた筈。都会から僅か離れた郊外の街でしたが人情に助けられた時代でした。可哀そうなスズメも温かい人情に出会えて幸せを感じている事でしょう。人情を忘れた近ごろの江戸は最早住めない街の代名詞に化していますね。都会ほど人情が必要ではないでしょうか?全国各地、世界各国から人が集まって出来ている都会ですから。

    • 億ションとは全然縁のない私です。私の住む団地も4000万円はします。土地が50坪程度で。戸建てばかりの団地で、平均80坪から100坪で作られた団地ですが、持ち主が2分割して売っているわけです。千歳の戸建てを見ても同じようなもの。サラリーマンが35年ローンで借りるケース多い。頭金ゼロで借りる人は親からの遺産があるか、共稼ぎの奥様のお金をあてにしているのか、信じられない人生観です。子供の教育費もあるし、勤め先の倒産や病気もある、離婚があるかもしれない。持たないで借りてるほうが賢い人生になる時代だと思います。私も19歳のとき京都の錦市場横で下宿を借りました。6畳6000円でした。トイレ風呂は共用です。そこの大学へは通わず、札幌に戻ってきましたが。当時は畳1畳1000円の時代。部屋探しを鹿児島からきた大学生が軽自動車で京都の街中を走ってくれました。烏丸を鳥丸と呼んでいた私です。感謝です。都会は地方や田舎者で作られていますから、いざとなれば人情が湧き出てくると思います。億ションに住んでも冷たい人間にはならないでほしいですね。

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