借家で良かった!?

九州から一時帰宅している娘が、新型コロナ感染で生まれるたくさんの失業や雇止めを見ながらしみじみ『借家で良かった』とため息をついた。家賃として月7万円を払っているから、35年ローンなら金利も安いこともあり、自宅を買える年齢だが、いつまでも夫の仕事が続いてほしいが、経済状況で家計は激変すると思っていたこともあって買わなかった。結果として正解であった。私の父世代は、退職金でほぼ戸建ての支払いに充てて、最小限の借り入れで済んでいたのを覚えている。金利5.25%のときだ。現金をできるだけ残し,10年で返していた。私の場合は中古住宅購入金利4.25%で15年。今は35年ローンが普通だ。金融機関が貸出先に困り、不安定な経済状況下、夫と妻の収入を合算させ30代に貸し出す戦略だ。夫婦共稼ぎがあたりまえの社会で年収を合われば、組めるローンだ。まだ子供が小さくて養育費がかからないからできるが、子供も大きくなり、習い事も多くなり、親自身の収入も勤め先の都合でどうなるか不明だ。生活が苦しくなるのは目に見えている。

家賃1万4000円の道営住宅から結婚生活が始まったので、一戸建ては夢のまた夢であった。58歳で住宅ローンを終えてわかるのは、人生、住宅ローンと教育ローンを払うために生きてきたような錯覚に陥る。奨学金の返済は娘と折半で返し、終わったのは65歳。これに車のローンの繰り返しを足せば、借りては返す人生。愚痴も出ようというものだ。古い考え方かもしれないが、どこのお父さんも似たりよったりで、やれやれローンが終わったと思ったら親の介護に入ったり、自身の病気や妻の病気に見舞われる。また戸建も30年も住めば雨漏りの補修や外壁のリフォームが始まり大金が飛んでいく。

意外だったのは、隣近所にどんな人が住むか選べない賭け的な要素があることだ。隣に善良な人たちが住むと快適な毎日を送れる。時間がそれを壊す。高齢で亡くなり自宅が売られて価値観が違う世代が住む。なるほど、娘の言うように『借家に住む』良さは、いつでも引っ越しできる余地を残せる、自由を確保できるからからだともいえる。待てよ、いくら自由を確保できる借家でも、家賃を払い続けなくてはいけない。給与がそこそこあれば可能だが、高齢になれば年金だけではきつい。雨風に耐える家賃なしの戸建が生存を守ってくれる。マンションは修繕費や管理費・駐車場がどこまでもついてくるから安い年金では辛抱な暮らしを強いられる。ということは、正解な人生かもしれない。子供にとっても帰れる自宅があるということで結婚生活を送れているのかもしれない、見えないメリットがあるのだろう。