シニア世代が若年労働者を支える。
1950年に世界で65歳以上の人口が約1億3000万人だったのが2015年には6億人。あと35年経過すると18億人になる見通しだ。日本では2050年には1.3人の働き手で1人の高齢者を支えることになる。「ニューズ・ウィーク」11月7日号は「一生働く時代」特集だ。引退しない生き方の具体例を取材している。
長寿と少子化は世界の傾向で、何も日本の専売特許ではない。それどころか、世界のモデルケースとして注視されている。そこで、ニューズウィークは先進各国が年金支給開始年齢を引き上げて、社会負担増を減らそうとしている。近所のスーパーにもカートを押したり、駅の清掃業務にかなり高齢の男女が働いている。モズバーガーでハンバーグを焼きながらアルバイトの子と笑いながら働いている60代にもびっくりした。アメリカでは100歳になってもヘアカットをしている理容師が紹介されていた。
朝から晩まで働く現役世代の働き振りにはならずとも、1週間で20時間くらい、健康の許す限り働き続ける場所があって、若者たちに感謝されれば、理想的な仕事といえる。EU加盟国で破綻寸前財政のギリシャは女性で50歳、男は55歳で退職できて満額年金支給される夢のような制度があった。さらに国民の25%が公務員ときている。それが現在、退職年齢が67歳に引き上げている。大脳の健康にも「仕事は多くの人と関わり、様々な場所を訪れたり、会話できる」メリットがある。
それがなくなると、終日の暇ははじめのうちはいいが必ず飽きてきて、特に男は終身刑(死ぬまでの)を下されたような気分になる。老人のクレーマーが発生しやすいのも、監獄からの雄たけびかもしれない。妻の行く所へべったり寄り添う老人も多い。
シニア世代が若者を支える意識を持って、社会の中で働けば、いろいろな知恵の伝授、人間関係の作り方、無駄話の効用、アナログ世界の楽しさなどストレートに伝わると思う。彼らの親世代がどこか遠慮して伝えていないことが山のようにあると思うのだ。結果的に、若者への負担を軽くしてあげることが、世代間の信頼関係を築くことにもなると思うがどうだろうか。
高齢者の格差。
幸いにも自分は比較的健康なので働き続けています。しかしサラリーマン時代は定年が60歳から65歳に引き上げられる境目でしたから退職後の生き方が気になりましたね。周囲を見れば、新聞社など待遇面では遥かに優遇されていた人たちは50代から年金暮らしの話をしていました。つまり遊んで暮らすつもりなのです。当時は接待費やタクシー代など私用経費も会社の経費で落とし、預貯金にも余裕ができて、企業年金と老齢年金、厚生年金と退職後の収入など必要無かったのでしょう。そして彼らは今もOB会などで海外旅行や趣味の自慢話を肴にお酒を酌み交わしています。そんな遊んで暮らせる人たちとの接点は持ちたくないので、成るべく接近しないようにしています。立場も違う僕などは、自慢話も無ければ、現に今も働かなくては年金だけでは暮らせないからです。もしも、今仕事を辞めれば、家族7人、爪の先に火を灯し、息を潜めての暮らして行かなければいけないでしょう。高齢者にもこれだけの格差があります。ただ、僕の救いは現在のところ健康だと言うことです。前述の彼らも最近ではガンや他の病の話が多くなったと風の便りに聞いていますから。
いつまでも生きられると勘違いしている昔の少年。
サラリーマン時代はラクでした。日常イヤな事は当然ありましたが、働こうが、働きが悪かろうが、失敗しようが、それでも通っているだけで毎月決まった日に給料が貰えて、半年に一度のボーナスさえもらえましたから。こんなラクな稼業はありませんでした。クルマもショッピングも、住宅もローンも組めて悠々としていました。僕にも家族ができてから、サラリーマン生活も長かったですが、フリーで仕事をしたこともあります。今、現在も三度目のフリーランスのようなものです。これからの近未来はどうか判りませんが、定年後も働き続けるなら、手に職が持てる仕事に就いていた方が良いと思います。退職後もどんな職種でもこなせる器用な人ならまだしも、僕のような不器用な者には、長く続けられる職があれば、良いと思いますよ。それもサラリーマン時代からも継続できる職種ならなおさらですね。しかし、今後AI化が進めば、仕事を無くす人も沢山いると思いますね。高齢者に限らず、そんな時代にも生き残れる職種を今から探して行かなければならないでしょうね。
年寄りの独り言。
後継者を探しています。と、言っても胸を張って自慢できる会社ではありません。ちっぽけな広告代理店ですから。将来を夢見る若者たちにとっては、こんな小さな会社には入りたくないと言うのが本音でしょう。町工場なども同じだとおもいますね。人は欲しくても、企業ブランドや仕事の環境がキレイで給与の良い条件を探すでしょう。以前に大企業にも二~三度勤務した経験はありますが、確かに安定していると言う安心感は得られるでしょう。しかし、僕の考えは少し違いますし、また人とは少し違う歩き方をしてきました。つまり、人生は長い訳で、小さなところで、じっくり自分を磨いてからでも、決して遅くは無いのです。小さなところや少人数のところほど知識も技術も身に着くからです。そこで十分実力が付けば、誰からもどこからも認められる訳です。年寄りのお節介かも知れませんが、こんな生き方もあると言うことです。