世代交代と住民の様変わりと事件(1)
世代交代と住民の様変わりと事件。(1)
いまの住宅を買って30年。1世代を過ぎた。私と通勤をしていた顔見知りの同世代は定年を迎え、ある人はガンで死去したり、完全定年で図書館通いやガーデニングをして時間をつぶしている。70歳を過ぎても、地区の会館の管理業務のパート職を見つけ、黒いバッグを持参して働く人もいる。夫はどうしても長く妻と顔を突き合わせると、妻をランチ鬱に知らぬうちに追い込んだりするから要注意だ。健康という建前で散歩する定年者も自宅前を義務的に通る。ひとりになりたいのかもしれない。
定年直後は、好きなゴルフ仲間が集ってコンペに参加をしたり、OB会を開くことを繰り返すが、話題がなんだかいつも同じようで面白くなくなる。仕事や会社の延長みたいで、相変わらずの縦関係が生きていて、時間とともにつまらなくなる。一人になって実は自由なのに、かえって不自由感を感じているみたいだ。一人で遊ぶのが下手だ。何をしても退屈になってしまう。仕事ほど面白い遊びは実は男にとってないのかもしれない。全国どこにでもある風景である。
ところで30年も経過すると、住民が変わる、町内会費を払わない家が出てきたり、「町内会ってなんだ?」という問題意識さえ芽生えてくる。葬儀の司会進行を町内会で仕切っていたときは町内会長には3万円くらいの謝礼が渡されていて、1か月に2件や3件あると儲かって、会長職を辞められなくなるという話も聞いた。私の住む団地は校長経験者(挨拶慣れしているから)の会長就任が多かった。こういう団地の役職でも、現役時代に何をしていたか肩書は何であったのかが話題になっている男の小さな世界が続いているから、平板な水平な人間関係づくりが不足している。お互い尊敬や相手を重んじる生き方訓練が不足している。管理職や元公務員は言葉遣いまで「どこか指導をする、教えたい」ニュアンスが伝わってくるから、悲しい性(さが)ともいえる。ユーモアとか相手へのリップサービスも不足しがち。
いったい、こういう訓練はどこでどう学んだらいいのだろうか?大きな企業では定年の数年前から「定年後の暮らしについて」セミナーを開催したり、DVDを配布してくれる。その一、家の仕事は進んでするように・師匠は妻。その二、趣味を生かして一日を大切に。その三、健康に留意しできるだけ歩くようにしよう。その四、元職場の同僚と会う機会があれば参加しよう。その五、地域社会に溶け込んで隣近所と仲良く。その六、子供たちや孫たちに依存しない。その七、どこまでも妻を大切に。しかし、30年、40年培われた癖はなかなか取れない。こういう原則を覚えても結局、張りぼてで、すぐにメッキは剥がれてしまうから絶望的だ。明日は、住民の変化や事件について書きます。