2018年の出来事で大きなことはやはり家族のことで、病気や手術や治癒であったりする。退屈になると「何か面白いことはないか」と動き回る人もいるが、何事もない日常が送れることが実は一番の気持ちの落ち着きであったりするから不思議だ。広告代理店での仕事が長くて、たえずイベントや人を集めるため企画書を書き、営業をして世の人々を「行動や」「購買へ」走らせてきたことを恥じる。「これはいいから買いなさい」「これは効果があるから使ってみなさい」「このプランはお得だから他社から乗り換えなさい」。テレビを見なくなった私はCMアレルギーが取れない。ここで使われるタレントとプロダクションの関係、広告代理店の介在とギャラをどれだけ抜いているかと思考するのでイライラしてしまう。損と言うか疑い深い性分で素直でない。この性分は2019年も続くと思う。ところで2018年の大事件はは9月6日の「北海道大停電」。ほくでんに詳しい人に聞くと「こういう事態は十分、予想された」と言っていた。厚真火力発電所の加重なのか伊達火力発電所との関係なのか、詳細がわかれば報告します。大きな企業も小さな企業も役所も警察も裁判所も各家庭の中でも「隠し事」や「内緒ごと」や「嘘」が蔓延している。真実はあるようでどこにもない気もするのだ。新聞社やテレビ局の中もまったく同じ。いわんや学校の中も事件が起きたら「嘘」をついて、犠牲者が出ても他人事のような会見になったりする。別にこれは日本という国固有のことではなくて、組織のあるところ、そこに責任者がいて暮らしを賭けて仕事をしていると仮定すれば、まず「他人より自分を守る」ことから対処が始まる。そこを勘案しながら事柄を分析できればいいいが、情なんか邪魔をして判断を曇らせるから厄介だ。私に何かの信仰があって、そこからすべての事件や出来事が分析されればいいが、残念ながらそういう信仰は私にはない。泉のように湧き出る価値観だが、そんなものは世の中にはないと心したい。

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