85%の人々が未来に希望を持つ。
85%の人々が未来に希望を持つ
たまたまネットで『ニューズ・ウィーク』日本語版を読んでいたら、欧州・米国・日本の国民の15%しか未来について『希望』を持っていない。中国はじめアジア各国、アフリカ、南米は85%が未来に明るい希望を持っているという論文に出会った。15%側にある日本で『不安』や『絶望』『悲観』が毎日のように活字で流されて、こんなことをしていては健康な人も病気になってしまうと筆者は思うくらいだ。
それを忘れたいのか連日、正月でもあるからお笑いタレントと所属事務所の稼ぎっぷりはすさまじい。経団連加盟の企業主たちは、社内留保が多過ぎるという批判もあり、代理店を通して大量のCMを使って正月らしさを演出している。3月決算期も迫っているから人件費に使うくらいなら電波とYAFOOに使えと言わんばかりである。
しかし、テレビをOFFにすると日々の現実がある。日々の現実が充実していれば、テレビを見る時間はないかもしれない。85%の未来に希望を持っている人たちは、これから経済的に豊かになってゆく、家族の暮らしが上向いて子供に教育を与えられ、様々な電化製品を購入したり、色々な国へ格安航空を使って旅に行ける。ものづくりの仕事がどんどん入り、人件費も上がるからである。未来はいたって明るい。1950年1960年代の日本の青天井の社会のようである。バブル崩壊前までこれが続いた。
2018年になって、「希望の格差」がこういうことになるとは思わなかった。ヨーロッパ・アメリカ・日本の暮らしはその質において高いものを維持していたが、それはもう守れない。守れないどころか下げないといけないというところから生じる不安なのかもしれない。しかし、現実は毎日の食べ物さえ満足に食べられない子供たちも多い。日本社会も二層に分断されている。だから15%の不安云々の前に、子供たちへ食べ物をである。アメリカも同様で公的な補助で食べ物を供給している。
相当前は、アジアやアフリカへFAO(世界食糧機構)が飢える国々へ食糧を運んだ。いまも難民キャンプへは続いていると思うが、FAOの有力メンバーのいわゆる先進国内の足元で同じことが起きている。1960年代、豊かな北と貧しい南を称して「南北問題」と言っていて、堀田善衛が「いずれ、南の国の人々が北の人へ復讐するときがくるかもしれない」と解説に書いていたのを思い出す。植民地主義の特集本であった。
資源を奪われ、賃金安く使われ、富を吸い上げられてきた。「あなたがたの豊かな暮らしは私たちの貧しさに依拠しているのですよ」という理屈である。これはしかし、シーンを変えれば「あなた方政治家や官僚たち、天下りを繰り返して税金を食べ散らかす」人たちへ、派遣社員や民間の中小企業の人たちが話す怨嗟にも似ていると思う。どこかしこで社会が二層に分断されて、行き来がない状態だ。NHK教育で「ニッポンのジレンマ」を見ていて、能弁に喋る学者を囲む無言のオーディアンスに学者たちは気付いただろうか。無言の溜まった感情という存在である。
坊主の孫。
二分化されていると言うのは地球規模の問題なのでしょうが、北の部分に居る我が国の我々の中でも生産者と消費者に二分化されていますね。全国一律に都会化開発され、一見、近代化を装っていますが、生産者人口は減り消費者人口ばかりが増大して、二分どころか、一極集中化しています。お金さえ払えば、何でも手に入ると勘違いしていますが、非常に危険ですね。現に生産者人口は減少しているのですから、そのうち気づけば兵糧攻めのようにも成り兼ねません。解決方法は簡単です。あらゆる地方の都会のど真ん中の開発地を元の土に戻す事です。満員電車で都心に向かうブランド品で装った通勤サラリーマン風景に代わって、野良仕事スタイルの人たちが、早朝から地下鉄で通う時代になるかも知れませんよ。
seto
スマホとネットは食えませんからね。私は父から敗戦後、農家へ食べ物を買いにいって、売り手から威張られた記憶を持ってました。消費者にほぼ全員がなってしまうと政治家まで消費者で税金を使い放題です。いずれしっぺ返しが必ず、来ます。食料自給率を限りなく上げていかないとこれから都会で餓死者が出ます。ここで地震や火山の噴火でもあれば流通止まり、阿鼻叫喚の地獄絵が再来しますね。きょうは3・11.合掌。
昔の少年。
サラリーマンは解雇されない限りは、月々の給与をあてにして暮らして行けますが、生産地の人々はカレンダー通りに休んではいられませんね。ましてや、ゴールデン・ウイークなど全く関係ありませんね。作物たちのカレンダーには休日は有りませんから。毎日の小まめな世話で生育し、出荷されている訳です。そんな生産地で働こうとする学卒の若者たちはどれだけいるのでしょうか?多分、家業を継承する若者か、余程農業に夢をもっている者以外は、殆どがサラリーマン志向ではないかと思います。生産現場は抗菌グッズの大好きな潔癖症の若者たちには到底受け入れられない職場かも知れません。綺麗好きは良いとしても、近年ますます抵抗力の無いひ弱な人間ばかりが増えているように思えますね。花粉症が騒がれ出したのも都会人口が膨れ上がった頃からの様に思います。田舎暮らしの経験では、杉林ばかりの自然環境下でも、周囲にそんな人は全く居ませんでしたから。私見ですが、今回のコロナ問題も、近代化や都会化が人々の抵抗力を落としているのかも知れませんね。
seto
抗菌グッズや清潔志向の増大ががアレルギーを増やしていたり、野性的な感性を失わせている(藤田紘一郎)と言ってまして、アジアの子どもたちが、汚い川の中でも飛び込んで遊んでいるのを見て、カラダ自身の抵抗力について考察してました。回虫も存在理由があって腸を守ってくれていました。何でも内臓をきれいしようと有益な細菌まで排便させてひ弱な人間を作ってしまったのですね。農業はきついが素晴らしい産業です。近所の農家の人へメールをしたらビニールハウスで種植えが始まってるみたいです。アスパラも始まりますね。様子を近々、見て報告します。霞が関官僚を1年間、農業へ従事させる案を養老猛司さん提言してましたね。感性も変わるでしょうし。
広告マン。
若い頃には、未来に希望を持っては居たものの?一体?自分は将来、一体何になるのだろうか?と不安は有りましたね。やる事成す事がチグハグで始めては辞め、また別な事を考え始めると言うパターンでした。今になって思えば、すべてが無駄な事ばかりでしたが、その無駄に思えた事が、今となれば自分の基礎になった事に気づきますね。ジグザグまわり道は多少距離的には遠くなりますが、いろんな景色は見れた事はプラスになりました。未来など予測は不可能ですが、悲観的になりがちな現代社会ではあっても、せめて空想くらいはして欲しいですね。
seto
20代半ば、私は何でもなれる人間(万能細胞)だと思ってました。私を採用しなかった企業に(馬鹿だな、私を採用しなくて、あんたがた損をするよ)と思い込んでました。ただ、32歳のときの転職は20社へ履歴書出して、全部返ってきたときは、妻子いたので少し焦りましたね。しかし、何とかなると思えば何とかなりました。止まらず、動けば相手も少し動きます。たぶん、そのときの転職経験が一所に止まらず(終身雇用で生きてきた同世代が多い中)動き回る私をつくってしまったのでしょうね。