中津市のホームページから引用しました。
概要
~遺跡は、8世紀中~10世紀初めの、下毛郡衙(下毛郡役所)の正倉(税金としてのお米などを収納する倉庫群)跡と考えられています。中津市は、平成7年、8年、12年に調査を行い、平成16年に市が史跡指定しました。
その後、平成19年、20年に再調査をした所、総数14棟の建物跡の中から、柱の下に礎石を置いた大きな高床式建物跡が一棟発見されました。
柱の下に石を置いた礎石建物は、掘立柱建物よりもグレードが高く、主に国府や寺に建てられました。特に関西以西では郡衙に建てられることはほとんどなく、本格調査されたものとしては、九州で唯一の発見例です。
長者屋敷官衙遺跡は、残存状況が良好であること、古代郡役所の正倉の構造と変遷をたどることができること、古代国家の地方支配体制を具体的に示す遺跡として貴重であることなどが高く評価され、平成22年、国の文化審議会から文部科学大臣に対して答申が出され、新たに国の史跡として指定されることになりました。中津市の国指定史跡としては「福沢諭吉旧居」に次いで2件目の指定であり、官衙遺跡としては県内はじめての国指定です。
現在、遺跡は埋め戻されていますが、将来は長者屋敷遺跡を国指定史跡公園として整備し、周辺の遺跡とあわせて古代学習の場として活用していく方針です。~
実はこの遺跡の近辺に娘婿の実家があり、婿が「そろそろ我が家にも金運到来!」と喜んでいた。さっそく教育委員会から自宅の土地(畑)調査をするかもしれない旨の案内が来ていた。調査が終わると埋め戻されるケースも多いらしい。地価が跳ね上がって高く売れるかもしれないと胸算用をしている。文化財保護法が立ちはだかっているからそうはうまい話にはならないと思うが、以前から「建て替えをしたり、新築をしたりするときは、市の教育委員会に連絡をください」と言われていたと亡くなった母親から聞いたことがあったらしい。この土地のさらに下から旧石器時代の土器や飾り物が出てこないとも限らない。ホモサピエンスの日本列島上陸ルートが、九州の場合、南から流れ着いた、半島から渡ってきた2ルートが関わっているからだ。
歴史の浅い北海道から歴史の古い大分県中津市に嫁いだ娘が突然、奈良時代の歴史建造物の遺跡と関わるとは面白いめぐりあわせである。私の住む町では旧石器時代や縄文時代の石器・土器が出てくる。先月は千歳埋蔵文化財センターに置かれた縄文土器についてブログで書いたばかり(3月1日)。縄文中期の火焔式っぽい土器もあったので、何か土の中から出てきそう。





