身辺雑記(5月19日)

1)18日、ことし一番の夏日で気分がいい。恵庭は24度まで上昇。ブログを始めて8年が経過した。早い。外に出る機会が減って、会う人も減り、入ってくる話のネタも限られてくる。ある人たちから「そんなに毎日書かないでも、話題があるときだけ書いたら」とアドバイスもされる。助かるのは自宅後ろの恵庭市立図書館だ。蔵書は27万冊。私の貸し出し数は1万冊くらいでまだまだ少ない。この図書館がなければ、私のブログはとっくに終わっていた。救世主のような市立図書館だ。ブログは最低、3人が読んでくれればそれでいいという気持ちで書くと長続きすると思う。なかでもびっくりしたのは、娘婿が愛読者になっていたことだ。大分県中津市でダイハツ九州に勤めている。マレーシアで国産初の軽自動車をつくるときに1年半現地に滞在、技術指導をしてきて、無事に完成車を出して中津市に戻ってきた。「お父さん、マレーシア時代が自分にとって最高の仕事をしたと思います。いまは枯れてしまいました」と言っていた。さらに「たまには僕のことも書いてくださいな」とも言う。わがまま娘と結婚して子育てしながら夫婦仲良く暮らして申し分ないよと言いたい。彼のショックだったのは、昨年、部下が4名辞めていったこと。理由をそれぞれ聞くと「自動車業界に未来はない。これからは農業だ」一人は実家の農業の後継ぎ、あとの3人も農業関係の仕事に就いたとのこと。いろいろ悩みながら将来の車の未来について若者同士で話し合ったんだろうなと思う。婿も「僕もこれからは農業が一番大事だと感じていて、自宅の庭でスイカやジャガイモ、南京豆まで植えてますよ」私なら、農業者に軽トラックを売るという発想ではなくて、全国に限りなくある休耕地をダイハツ農地として利用して、全国に自宅引きこもり50万人以上の男女の雇用の場にしていけないかということ。ビニールハウス栽培でもいい。九州は美味しいスイカ・メロン・なしなど果物が豊富だ。シイタケ栽培もあるし。自動車メーカーが農業へ本格参入すれば、自動車技術からこれまで考えられなかった新発明が出てきて、アジアやアフリカへも応用できるかもしれない。恵庭に65ヘクタールの土地を持つ農場主がいてジャガイモをつくっている。昨年、娘婿と彼が同じ歳でもあり面会させた。「どうしてこういうおいしいキタアカリが取れるんですか」と聞いていた。農場主はお父さんの作り方を真似・改良していた。中堅の彼らの世代があらゆる分野で活躍して雇用のつくり、税金を払える事業にしてほしいと思う限りだ。

 

6 thoughts on “身辺雑記(5月19日)

  • 2023年5月20日 at 5:45 AM
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    歴史は繰り返すの諺通り、行きつくところは原点に戻ると言う事でしょうね。食料自給率の低下も間違った国策のせいですし、農業人口の減少と地方の過疎化にもつながり、異常なまでの都会の一極集中化となっていますね。郊外に出ると、定年退職組の方々の多くが農地を借りて野菜作りに精出しています。皆んな活き活きしていますね。しかし、便利すぎた社会に育った若い人達は未だ都会にしがみついていますから、社会構造の変革にはまだまだ時間が掛かりそうです。

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    • 2023年5月20日 at 9:05 AM
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      戦後の農政が、農家から都会に工場に労働力を供給することを主眼にサラリーマン・自衛隊・警察などにかき集めてきましたから。戦略物資としての食料の失敗は散々、太平洋戦争で学んだはずですが(戦死者の80%は餓死)さっぱり生かせてません。どこの国も基本は農業でヨーロッパは農業国で自給率は100%を超えてます。アメリカももちろん農業国で余った過剰な農産物を買ってもらう国として日本が位置づけられて、それに沿って日本の農政が左右されたわけでもあります。現在は牛肉ですか。マックのハンバーグの肉には何が混入されてるかわかりません。食に貧困なアメリカですから、さっさと食べてさっさと飲んんで、歩きながらでも食べ飲む文化です。MLB中継を見てもよく食べながら見ています。アメリカ料理イギリス料理って貧困そのもので、そんなレストランありません。なぜだろうと思います。アンングロサクソンは侵略に忙しくて、のんびり団らんでゆっくり食事をする習慣がないのかも。離婚の多さにもアメリカはつながってますね。食事風景から家族は始まりますから。

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  • 2023年5月20日 at 6:08 AM
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    ダイハツと言えば、私の高校時代のバンド仲間で隣の高校の友達がダイハツの蛍が池に勤務して居ました。当時の私は雀の涙hほどの給料で、困った時には彼を訪ねていくと、助けてくれました。暫くして彼は京都府警に入ると言うので大津の警察学校まで送って行きました。剣道しか出来ない彼でしたが何とか定年まで勤めたようで、一度は私を訪ねて家族で北海道まで遊びに来ました。石狩浜や手稲でジャンボな浜ちゃんぽんなどをご馳走して家族4人、喜んで帰りましたが、その後は付き合いも途絶えました。私も池田市に4年ほど住んでいましたからダイハツや伊丹空港がある蛍が池(阪急電車の駅)にはよく行ったものです。今の大阪空港よりも都心へのアクセスも便利でしたね。何せ、空港から阪急電車の駅まで徒歩10分ですからね。現在ではモノレールもありますね。空港からのリムジンバスは夏は冷房が効いていて梅田まで行くには最高でしたが、高速での事故などでバスも国道を走れば大渋滞でした。コロナ禍寸前の2019年の夏、大阪を離れて広島に行くのに伊丹空港経由、新大阪から新幹線で行きました。30年ぶりの伊丹空港、懐かしかったですね。(雑談)

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    • 2023年5月20日 at 9:15 AM
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      私は新幹線は2度しか乗ったことがありません。名古屋と静岡往復と大阪から名古屋までの2回です。パニック障害で飛行機の旅ができなくなり、動いてません。たまにその土地に行っても博物館ばかりですからね。ダイハツは本社大阪で、娘婿は京都工場で働いていました。工業高校を出て集団就職し、唯一彼だけが残ったわけです。10キロ以上痩せたといいます。頑張り屋ですね。マレーシアは軽自動車は三菱の牙城でしたが、トヨタ傘下のダイハツがマレーシアからの要請で軽自動車生産に乗り出したわけです。阪急電車とかJR、阪神とか私鉄がたくさん走ってますね。電車内でよく高校生が早口でよくしゃべってたと記憶あります。文化が違うと思いました。

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  • 2023年5月20日 at 6:15 AM
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    クルマも遊びクルマと、働くクルマがありますから、クルマすべてに未来が無いとも言い切れないですね。農業でもクルマやトラクターや他の機械もクルマの変化形ですから今後のクルマ業界も贅沢なクルマばかりでは無く、実用的な販路は未だ未だあると思いますね。今は地味な農業機械産業には、近い将来、未来が広がるのかも知れませんね。

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    • 2023年5月20日 at 9:27 AM
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      4つのゴムタイヤ(人工ゴムの前は天然ゴム、その前は木の車輪)をはめて動く鉄の塊ですから、子どものころは3輪の車もありました。鉄は鉄鉱石や鉄くず、廃車の車を再度鉄に再加工して製鉄会社へ送り、溶かして使っているのでしょうが、持ちますかね。インドや中国のメガ消費地、インンドネシアも2億人超えてますから東アジアがとんでもない台数が走り、空気を汚染します。電気自動車云々といっても電池やレアメタル争奪でアフリカで殺し合いをしています。水と酸素だけで走る車になればいいのでしょうが。大分のダイハツにはいまもインドネシアイやマレーシアから技術習得のために来ています。4人から5人で集団生活をしていて、一日5回の礼拝をおこなっています。工場内でも礼拝所をつくったと言ってました。

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