ブルーベリー花2←ブルーベリーの花 ピンクバラ赤いバラ群

話していると、年齢に似合わず花の名前や鳥の名前をたくさん知ってる人がいる。男同士だと、話題が花のこと鳥のこと(野鳥の会の会員はうるさいほど詳しかったが)は、ほとんどない。実際、話せば、そこそこ詳しいのだろうけど、会社勤めをしていて、お客さんとの間も話題は世間話や仕事のことばかりであった。

なぜ、この話を書いたかというと、私が中学1年から3年間、毎日、一緒に学校へ通ったM君のことだ。同じ4階建ての国鉄アパートの別棟に住んでいて、最上階が彼の家だ。ブザーを鳴らすとお母さんが「まだ、準備中だからこれを食べていてね」と手作りのクッキーがよく渡された。お菓子を家庭で焼く習慣は自分の家にはなかったので新鮮だったし美味しかった。お父さんは新幹線の仕事をしている技術者らしい。

眠そうにぼやっとした感じで、友人は出てくるとまず、1階ベランダ下の狭い庭を見て、花の成長を観察してから、学校へ行く。小柄でがり勉でもなくて、さっそうと生きているやつだ。私は花には興味はなく、毎日、校内で流す朝のクラシックレコードを考えていた。放送部に在籍して、大嫌いな朝礼を忌避した。時々、彼は雑草を取り始めたりする。そして「さあ行こう」。

今思うと、こういう習慣はいつどうして養われるのかなあと考える。虫取りや魚釣りはしたが、花だけには関心がなかった。「動くもの」にしか興味が沸かない。時間をかけて育てるより、エイヤーと獲得(捕獲)することが楽しい。その点、M君はじっくり観察して眺めて、植物と会話(?)してから登校だ。昭和38年の札幌なので、原っぱはあちこちあって雑草は生え放題。アメリカ外来のセイタカアワタチソウが大量発生だ。誰とも分け隔てなく付き合い、信頼の厚いやつだった。

高校受験も全道で一番の成績で入っていった。あのぼんやりした彼がね。地元紙が実名を報じ、親のインタビューも載っていた。個人情報保護とか大それた法律もなく、そこから犯罪もなくて、地域は信頼関係で結ばれた社会だった。顔の見える世界で生きてきた。

私は45歳くらいから、狭い庭に突然バラを植えはじめた。30本は植えただろうか。塀のない家なので道行く人は、派手なツルバラを見ていく。いまは死んで20本しかない。どこもかしこもバラブームでへそ曲がりな私だから、情熱が冷めてきた。テッセンや2mに伸びたブルーベリーを見ていると、いつも思い出すのがM君のことだ。

植物は植えた場所を、人間の手で移植しないと移動しない。動物や鳥と違い、そこでじっと時間の経過を楽しんでいる。伸びたり、枯れたり。戦争をしない。土壌の下で毛根が伸びて絡まって栄養分の取り合いをしているかもしれないが、それを避けて違う方向へ根を伸ばしている。樹木もそうだ。

話題は飛ぶけれど、世界の一神教が、植物が干上がる岩だらけの砂漠地帯で3つも誕生している不思議を思う。あそこは部族集団でヤギやロバや羊・ラクダなど移動を旨とする集団だ。狭い牧草地を取り合う、また隊商を組んでの商業だ。陣取り合戦は終わらない。12歳のM君のことを考えていて、筆者の夢想はあらぬ方へ向かっていった。

 

 

  1. 植物には野生の物も、人に植えられた物も含め、その品種は膨大なものですね。人の手で手入れされる品種の花や野菜類は別にしても、野生の植物の逞しさには驚かされますね。中には、人間も含めて動物たちの格好の餌になったりするものは、逃げる事も出来ず、なされるままにジッと耐えるしかありませんからね。しかし同じ野生でも逞しく虫たちを引き寄せて食べる食虫植物さえ有ったり、鋭いトゲで自らを守ったりと不思議です。子供の頃にはオヤツ代わりに学校の校庭近くに咲いたツツジの花びらを食べたり、雑草の正確な名前は知りませんが子供の間では「酸いもん」と呼んでいた酸っぱい雑草をちぎっては平気で食べて居ました。勿論、身近に果物の木も沢山ありましたから、甘柿、梨、すもも、ナツメ、グミ、野イチゴ、ニカゴ、山ブドウ、アケビなど何でもありましたね。菜園では果物も野菜も作っていましたから市場など無い田舎暮らしは、現金収入も無い代わりに、お蔭で現金を使わない生活も出来ました。考えて見れば、植物には随分お世話になっていた訳です。そして今でも、植物たちの大切な命をいただいている訳です。

    • 現金を使わない生活、これからの時代や暮らしに必要な知恵です。70歳まで札幌通勤をしていましたから小遣いをいろいろ使いました。ランチやお茶代、人と会う機会も多くておごったり、女子社員の多かった職場でお菓子を買ったり、ケーキを買ったりして小遣いの半分はそれに消えていました。それが自宅にこもると小遣いはほとんど使いません。都市生活は、仕事をするということは同時に現金を吐き出す(使う強制力)力が働きますね。お金の事件が出てくるわけです。酒、博奕、女で財布をすり減らしていく人が周りにたくさんいました。植物たちを見ていると、根を張ったところから動かず、鳥たちの餌になったり、住人の食物になって人を助けてきました。太陽と水と土の肥料で酸素まで出してくれて動物たちの呼吸、までさせてくれます。深く根を張れば洪水のときに川の氾濫も防いでくれます。土壌にいるミミズたちが土をこねてくれて豊かな基盤を作ってくれます。庭で雪の下と水仙が咲きだしました。春です。

  2. 植物に興味がある子供は珍しいですね。他にも虫や魚など小さな生命にも興味が湧く子は少ないですね。どちらかと言えば自分たちの子供の頃は野蛮で悪戯が日常でしたから、一つの事に熱中出来ずに、全てが遊び感覚だけでした。興味があったと強いて言うなら漫画からヒントを得た空想ですね。外遊びしない時には空想画の悪戯描きはしましたし、外遊びの次に楽しい時間でした。お金の掛からない遊びです。田舎には身近に植物も豊富で、興味さえあれば環境には申し分なかったにも関わらず、それゆえに当たり前と捉えて、気づかなかったのでしょうね。

    • 少年時代の野生の中での遊びは今も生きていますよ。郊外に出ると野草を探している人たちが路肩に車を止めてタラノメやアイヌネギ探しをしています。タラノメノテンプラは好きですが。アイヌネギは臭くて私は食べません。ニラ類がダメです。郊外は食の宝庫です。ビニールハウスではアスパラガス栽培が始まってます。食べ物をつくる農家に囲まれているとほっとします。

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