排泄物と文明 ウンコを知るために。入れた物は出す。
少し長い引用だ。『排泄物と文明』(築地書館 デイビット・ウォルトナー=テーブス)
『私たちの細胞は、老廃物を生産する。それが血液によって運ばれ、尿、ウンコ,胆汁、汗、呼気を介して体外に捨てられなければ、自分自身を殺しかねない。ある種の物質は肝臓や腎臓で特殊な処理を経てから排出される。老廃物の中には、毎日数百億個の単位で自殺している自分自身の細胞も含まれる。専門的にはアポトーシス、またはプログラム死と呼ばれる営みだ。また別の細胞、特に消化器官の内側の細胞は、食物の通過によってこすれ落ち糞便とともに出てくる。あなたの身体は日々入れ替わっている。便器やおまるの中を覗いてみよう。それはただの便サンプルではない。昔の自分だ。それが人生だ』(32p)
『我々人類は、地球創世記のごたまぜのスープから長い道のりを経て高度な現代文明を達成したが、今も本質的には動物だ。富める者であれ貧しき者であれ、権力者であれ被抑圧者であれ、聖職者であれ無政府主義者であれ、神人であれ猿人であれ,我々は未だに腸内の部質を押し出さなければならない。・・・この本を読んでウンコを知ろう』。フンコロガシの話から糞の成分表、糞から病へ至る道、トイレあれこれ、宇宙のダークマター(暗黒部質)ではなくもう一つのダークマターとして、糞を熟知する試みだが難しい。排泄物の厄介性・複雑性は私たちがトイレでウンコやオシッコをしてから、次の工程、さらに次の工程へ追いかけていかないといけない。それもそのはず、平均的な人間は一日1回の排便で120g~150gの大便と1.2リットルの尿を体外に出す(人間のウンコの75%が水、10gの窒素、2グラムのリン、3グラムのカリウムが含まれる)。ベジタリアンは肉食系よりたくさんのウンチを出す。消化できないセルロースを多く含むからだ。1日150g出すとして、1年間に約55㎏の大便。イエスキリストは33年生きたので生涯に2トンのウンチを地上に落とし、マホメットは60歳くらいまで生きたのでイエスの2倍、ブッダは80歳まで生き、5トン以上の大便をしている。さらに地球の人口で換算すると紀元前1万年は約100万人の人口で5500万㌔のウンチ。1800年は10億人で便量は約550億㎏、2013年は70億人だから1800年の7倍だ。糞まみれの人類史である。こんなに大事な営みだけど、映画やテレビでは男のオシッコシーンはよく出るが、大便シーンって出さない。なぜなのだろうか?リアルを追い求めれば日常生活を送っていれば、そういうシーンは必要だと思うが。臭いもの見たくないものに蓋をするのかな。中学時代、保健委員をしていてクラスメート全員の男女から検便のために彼らの便をバケツで集めたことがある。女子生徒は嫌な顔をしていた。プラスチック製の『ベントール』というネーミング。しかし中にはマッチ箱に入れてきた強者もいた。臭かった!
昔の少年。
大便も小便も幼少期の田舎では下肥として菜園の肥料に活用して居ました。水洗など無い貯め肥の時代で、ましてや田舎の山村にはバキュームカーなど来ませんから父親が長い柄の木製の大型柄杓で肥桶二つに汲んで天秤棒でゆっさゆっさと菜園まで運び、畑の野菜類に短めの柄杓で撒きます。菜園迄の道すがら、ユサユサ揺れて零れた糞尿がところどころにも有って臭いし、今考えれば不衛生極まりない状態でしたが、もし汲み取らなければ、家族全員の毎日の糞尿も溢れてしまいますからやむを得ない作業です。しかも下肥を再利用して野菜が育つのですから一石二鳥とも言えます。しかし、このやり方も決して良い訳でなく、小学校時代に検便をすると必ず回虫や蟯虫が体内に居る事が判りました。彼ら?彼女ら?は菜園で採れた野菜にくっ付いて知らぬ間に人間の体内を利用して生きていたのですから恐るべき生命力ですね。当時は便に混じってそれらも一緒に出て来たりもしましたが、人間と共存していた訳ですね。今では殆どが推薦トイレでボッとん式トイレは稀ですから、今の子供たちに話せば『キモっ!』と言うでしょうね。さすがに国道を下肥を担いで菜園に向かうお父さんの姿こそ今はありませんが、しかし如何に水洗は清潔と思って居ても、それは見えないだけで、自分たちが歩く道や車道の下には、蜘蛛の巣状の下水管の中を、今も大量の大便や小便が勢いよく処理場目掛けて流れている訳です。その上で私達は暮らしているのですから。
seto
下水管があるだけで、構造は同じです、バキュームカーで運ぶか担いで運ぶか?匂いはきついかきつくないか?しかし、昔の畑にまいているほうが化学肥料をまくより健康にはいい。臭いけれど健康にいい。きれいだけど健康に悪いものが多い中、貴重な人類の知恵です。子どもの間でウンコ本、大人気です。ウンコの話m大好きでゲラゲラ笑っています。私は幼いときからいまでも大好きです。桃太郎とドンブラコと流れてきたのは、桃の形をした大きなウンコであると考えると面白いですね。ウンコパワー炸裂です。コノエネルギーでどんどん背が高くなると思えば、理屈が通ります。東南アジアではフンの流れる川で子供たちが泳いでいます。肌は黒びかで健康、アレルギーはありません。糞尿をもっと研究して、『糞尿レストラン』が将来できるかもしれません。食のリサイクルです。
アドマン。
講演会の企画で女性登山家の今井道子さんを呼んで講演をお願いした時に彼女からお聞きした話ですが、女性とは言え登山家ともなれば自然の中での排拙は大変だと思いますが、トイレなど無いところへ自ら出向く訳ですから決して綺麗事では済まされません。それなりの経験から来る覚悟が必要ですね。そんな彼女から一つ良い事を聞きました。或る外国の高地の住民の生活では高床式住居で、床がスノコ状に成っていて糞尿はそこから下に排拙すると、その下には豚や鶏などの家畜が飼われていて排泄物を食べ、また、それらの排泄物を野鳥達が食べるので自然に処理されると。そう言えば、高知での人間の死では鳥葬もありました。自然に帰す高地ならではの暮らしの知恵ですね。
seto
宇宙飛行士も自分の尿を水に変えてのみますね。食べ物より、尿や糞をどうやって食料に変換させ,飢えに対処していくかですね。戦中の日本への8割は餓死ですから、餓死直前にあった体験者の話を読むとすさまじいものです。最後は『おれの尻を食ってくれ)という人もいました。たとえですが、いまを生きてる人は全員、どこかで人を食って生きているともいえますね(武田泰淳 人生観)、企業内や政治家、官僚の世界も人を食うたびに人相が悪く・獰猛な顔つきになっていきますね。現代は人の持ち物(お金や宝石、名声や地位や命を)を平気で盗む・壊す人が増えてます。文明人の欲たるや際限ありません。足るを知る、出る物は出す。