命を大切にする人は 「老子(タオ)」自由訳 加島祥造 

ブログ400本目に書いた記事。

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4月17日 忍野八海から 今井昇撮影

久しぶりに加島祥造さんの自由訳「老子」から第50章「命を大切にする人は」。

人は生まれて、生き、

死んで、去ってゆく。

三十の年までは柔らかで若くて

生命(いのち)の仲間だといえる。

六十をすぎてからの三十年は

こわばって老いて

死に近づいてゆく。このふたつの三十の間の

壮年期の三十年は、まあ

しきりに動きまわって、どんどん

固いものに近づいてゆく期間だよ。

どうしてこんなサイクルになるかって?

それはね、ひとが

生きるための競争に

こだわりすぎるからだよ。

聞いたことがあるーーーー

生と死は同じサイクルのなかにある、

それを知って、

命をそっと大事にする人は

旅をしてもけっして

猛獣のいるところへは行かない。

軍隊に入れられても

武器を取る役には廻らない。

だからその人生では

虎の爪や犀のツメに出くわさないし

兇暴な人物の刃にかからない。

それというのも

生をとても大事にしているからなんだ。

自分の命を大切にしている限り

死はつけいるすきがないんだ。

 

2 thoughts on “命を大切にする人は 「老子(タオ)」自由訳 加島祥造 

  • 2026年4月27日 at 7:05 AM
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    このような精神領域に入れるのは、一般的には、やはり中高年過ぎでしょうね。30代、40代はタダの駈けっこですね。しかし、振り返ればこれも大切な試練だったのでしょう。人間ある程度は良きも悪しきも経験しないと気付かない動物かも知れませんね。良きを見て学習し、悪しきも経験や垣間見て反省材料に。長く生きれば生きるほど判断材料も沢山できる訳ですから長寿の時代も良いのかも知れませんね。

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    • 2026年4月27日 at 9:41 AM
      Permalink

      知らぬ間に年をとってますね。人生観も達観が増えました。たとえば貧乏人に優しいのは貧乏人だけとか実感します。40歳、50歳、60歳代で亡くなった知り合いを思うと一寸先は闇でここまできたと思います。昨日、純金の獲得に翻弄される中国史民の映像を見てました。製造業もベトナムやインド、インドネシア、メキシコなど海外へ移転されて失業が膨大な数に。相当にヤバイ国になっています。室蘭あたりを華僑の町にしたり、日本の港々に華僑の町を作って人口増を図る手もありますね。・上海や深圳の食堂街、悲惨ですよ。

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