12日間の休みで、退屈を味わった人がいたと思う。3年前に書いたもの。昨日に引き続き似たテーマです。

退屈だから消費する。

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退屈について。筆者は国分さん以外の本は未読。

退屈なので消費する。消費する動機が退屈だからする、ずいぶん日常の暮らしに余裕がある科白ながら、物を買ったり、レジャーに行く動機を正直に現している気もするのだ。しかし、退屈だからテレビを見る、退屈だからメールでもしてみるかなど、退屈という気分は人間の行動の大きな部分を占めている。


イベントがあるから行くのではなくて、退屈だからイベントへ行くのだと考えると『退屈という気分』が『行くぞという意思』を超えている気もする。そして、消費の嫌らしい本質が、そこに物語を付けて戻ってくることだ。それを語ると次の人に伝染する。


『あそこのシュークリームは絶品。いままでの人生で最高のシュークリーム』だと有名ミュージッシャン夫妻が語れば、それがあっという間に拡散する。HPが無いことがかえって消費や購買を過熱させる。地元のテレビ局やグルメ雑誌も無料で書いてくれる。お金を取る広告はノーサンキューだ。原材料(ある町の乳牛から搾乳されるミルク)に拘れば作れる商品の量は制限される。夕方の4時からしか開店しない不思議な店だ。。https://www.facebook.com/choucerclehokkaido/なにせ、ススキノの中にあるからね。そういって私も宣伝隊に組み込まれている。


退屈だから選挙でも手伝うかなどと思ってその熱気に当てられて、当選したときの快感が忘れられず、麻薬を打たれたような高揚を味わう。選対に関わった人から聞いたことがある。選挙は非常時の出来事、日常に飽きた人々がお祭りやカーニバルで散財して熱狂するのも日常の平凡や退屈を忌避するためで、それを組織的に組み込んでいる世間。退屈な王(皆、かしづくからつまらない)が道化師を置いたのもうなづける。イエスマンばかりは疲れるので夜の逆転世界に行く政治家や企業経営者や大学教授たちの心理も似たりよったりだ。


あらゆるスポーツ、戦争、祭り、政治、映画、演劇、各種飲み会、競馬をはじめ賭け事、議論(討論)。退屈な日常を避けるために作られた巧妙な装置かもしれない。国会中継などは役者不足の下手な芝居に似ている。こういう茶化しのブログも筆者の退屈の仕業かもしれない。同じ穴の狢(むじな)状態だ。


でも考え方では、ひとりで退屈は一番の贅沢かもしれない。他人を巻き込まず、とりあえずその日は食べていける食品と銭があり、部屋の酸素を吸いながら生かしてもらっている。ぼんやり、昔の仕事の成功や失敗を思い出したり、死んだ同僚たちとの会話を思い出したり、急に書棚に走り、気になる1行を確認しに行く。明日は札幌で営業のお手伝いが終わったら、下戸ではあるが熱燗を一口、酒好きな彼を誘っておしゃべりしよう。


ギャンブルも退屈だからはまっていくのかもしれない。サラリーマンをしながら毎日毎日4円パチンコをして、金も給与前借をしてATMで下ろしていた。筆者に昨日3万円負けた・幾ら勝ったと報告をしていたが、本業の営業は大嫌いで『早く60歳になって年金をもらいたい』と言っていた29歳。仕事をしないので退屈な毎日を過ごしていた。

  1. 令和も退屈な元日からの幕開けです。何かしなければ居たたまれず、朝一番に起きて、令和元年初のゴミステーションへ初ゴミ捨てに。ところが珍しく乗馬を見てしまいました。馬も退屈なのか時々休んで街路樹の根元に芽吹いた草を食んでいた。少し離れたところに乗馬クラブがあったのを思い出した。そこの係の方が朝の運動に連れ出したのでしょう。こいつは元年元日から縁起がいいわいと。今度はクルマの初大掃除を始め、それが終わると今度は家の初掃除。換気扇の埃も吸い取って完了。今度は網戸の初修繕。ひと汗かいて初朝風呂とタイヤ初交換と、次から次へと暇の初つぶしに明け暮れました。いつも不在の穴埋めのお陰で少しは評価も上がったみたいです。

    • 働きますね。私は腕とお尻の筋肉が落ちて、筋肉仕事ギブアップですから、坊主の孫さん、すごい。馬を見かけるなんてラッキーな5月1日でした。この日はメーデーではなかったでしょうか?さっぱりニュースになりません。テレビや新聞はもちろん、スーパーのチラシ、家電のチラシ、出版まで皇室うるさいですね。私は相変わらず、リョウワと読んでいるので妻から馬鹿じゃない?と言われてます。レイワは間違いと主張してます。役所でもきっとリョウワと言って訂正されるでしょう。平成天皇ももう元号は廃止してもいいのではと本心思ってるかもしれません。仕方なく従ってるだけ。面倒くさい金かかる儀式の連続で、何とかシンプルにならないか舞台に立ちながら思ってると思います。これまでの平成天皇の発言や行動を見ていると。

  2. 若い時には暇を楽しんでいた筈ですが、歳とともに暇=退屈に変わっている事に気づきます。退屈とは何も手に着かず、何もしようとせず、時間が経過するだけですが、時間だけは待ってくれませんね。つまり時間=年齢とも言えますね。気が付けば取返しが付かない年齢になっているのです。長い年月に暇は必ず付き物ですから、暇と上手に付き合う事の大切さを身に沁みて感じるこの頃です。

    • 私自身、暇でも大脳や心臓は動いているし、お腹が減ってくるので、身体はいつものように忙しく働いているから全体としてみると私は暇ではないかもしれない。眠るのも相当、エネルギーを消耗するし、肉体のほうから物事を考えると心身のバランスが良くなりますね。たぶん、脳や意識とか自分とかに囚われ過ぎになってるかもしれませんね。暇は創造のオアシスだと思えば、無限の可能性を秘めた時間で、昔の少年さんも新しいコピーとかアイディアがこんこんと湧き出す時間でもありますから大事にしてくださいませ。

  3. 暇とお金さえあれば、何でもできますね。しかし両立しない事の方が多いので、そんな夢は叶いません。暇があり過ぎてお金が全く無ければ人はろくな事を考えません。ともすれば犯罪にもつながり兼ねませんからね。またお金が幾らあっても多忙過ぎれば仕事に追われるだけで他に何もできません。ですから適度に暇があって適度に仕事もある方が退屈もせずバランスが取れるのでしょうね。でもそんな理想的な人はそんなに多くは居ないでしょうね。働き方改革などと政府指導で始まった労働環境も、果たして何を目的にしているのか不明確です。大企業で発覚した自殺事件が引き金になったようですが、その前に中小零細企業では既に最悪な労働環境もあった筈ですね。大きく目立った部分しか見て居なければ、いくら改革しても今後も同じ事は起きそうですね。原因は全員で仕事をシェアすれば個人に偏った劣悪環境にも成らなかったと思いますよ。上司も肩書に寄り掛からず、もっと働き方を自己改革して自分本位な暇ばかり作らず、やるべき事をやれば良いと思いますよ。部下や下請けに、口先だけで丸投げで「お先に!」と言って、仕事時間中のゴルフやお酒は、懲罰ものです。企業であれば社内告発で降格です。

  4. ホランペッター。

    退屈なんて贅沢ですね。何もしなくても良ければ、そんな贅沢な事はありません。誰からも「ああしろ、こうしろ」と指図も無ければ、自分の思いつくままにしていればいい訳ですから最高のぜいたくとも言えませんか?。

    • はじめはそう思いましたが、退屈が続くときっと病気になりますよ。大金持ちがかかる病気の最大が退屈です。

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