50歳のときに急性心筋梗塞を起こし、循環器医師の資格を持った産業医の誤診で心筋の30%が壊死して、いまも疲れやすい体だが、ブログを書く体力だけはある。60歳を過ぎて、わかると思うけど心はまだまだやれると思っても肉体が付いて来ない。その分、頭で体を動かそうとするからつまずいたり、他人を急がせたりする。ステントを挿入した主治医曰く「疲れたら横になる。横になると心臓の動きが穏やかになり、負担を感じないで血液を送ってくれて、心臓は喜ぶ」という言葉だ。脳が一番、血液を欲しがる臓器だから、心臓から脳へは垂直に流さないといけない、圧力を強くしないと血が脳へ循環しない。

考えてみるとお母さんのお腹の中で心臓は動き出して、死ぬまで鼓動を打ち続けるなんて奇跡の臓器としか思えない。時速200キロのスピードで血液を全身に送るのだから、彼らだって少しは休みたい、横になりたいだろうと思う。カラダが水平になれば血液は川の流れのようにスイスイ全身へ。インンカ帝国ではイケニエの人の心臓を太陽神に供する儀式もあったから、臓器の中で太陽神が一番欲しがるのは心臓なのか。心臓はハートと言う。ハートを心と翻訳する。ルネ・デカルトが人間の本質はハートにあるといって胸(心臓)を指した。心臓はココロの場所なのか。よくわからない。ココロはたぶん特定の部位ではないはずだ。最近は特定の部位が人間にとって大事というより、全体が全体を支える考え方が主流である。

心臓の大きさは自分の握りこぶしの大きさ、そこに動脈や静脈の血管、心筋に栄養を送る血管が張り付いて、心臓は自らの臓器にも血を送る。書いていて、心臓がだんだんサラリーマンに見えてきた。血液が貨幣に見えるから不思議だ。世のサラリーマンにたくさんの血(小遣い)を与えておくれ。はじめに戻れば、「水平になるということ」は、心臓に休暇を与えて、「睡眠を大切に取りなさい」というサインでもある。

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