役に立ちたいという衝動を利用する人たちほか雑談。
6月21日は、人間の本性ともいえる〈役に立ちたいという衝動〉について書いた。しかし、数々のNPO法人やボランティアを利用する自治体がたくさんある。本来市町村や都道府県がその機能としてしなくてはいけない仕事を〈軽費の削減〉を合言葉に、自分たちの給与はそのままにして、できるだけ安い軽費で仕事を遂行しようとする風潮が近年酷すぎる。だれでも誰かの役に立ちたい気持ちはわかるにしろ、それをいいことに学生ボランティアを最大限利用したお祭りもある。そこは軽費の削減ではなくて、自分自身の懐を潤す構造もしっかりつくっている。祭りは寄附金集めを必ず行う。学生に営業(金集め)をさせる組織さえある。その熱情に打たれて寄附を出す企業も多い。若さを利用した老獪な人たちがいまもうじゃうじゃいる。夏の高校野球の組織やサッカーやスポーツにもスポーツグッズメーカー、新聞社OBたちの人件費搾取、大会の参加選手の損害保険の組織とキックバック。共通はもう青春とはいえない年齢になったOBたちが、程よい暮らしを守るため第二・第三の職を求めて、社団や財団に転職するのが当たり前になった社会常識だ。各市の社会福祉協議会も元○市保健部長が定年後、事務局長に居座り、募金から自分の人件費が入る構造で、定年後の人生を年金満額支給まで豊かにしている。その頂点が日本体育協会で日本中のスポーツ競技会を束ねている。昔取った杵柄で各スポーツOB憧れの職場である。プロ野球界もOBだらけで、テレビ局解説の席を巡って激しい取り合いをしている。NHKの大リーグ中継然りであるが、ほとんど人間関係で決まる。五輪大臣の鈴木大地も自民党の二階総務が決めたこと。あるメディアが大学の仕事で学長が鈴木大地と対談をしたい希望が出た。しかし、最初断られたが、ある記者を通じて二階さんへ話すと、しばらくしてOKサインだ。夕張市長が北海道知事になったのも菅官房長官が決めたこと。自民党のバック団体公明党に渡りをつけて、鈴木夕張市長でいくぞと決めたので他の候補が出る幕はなくなった。他候補は公明票が期待できなくなったのである。ここまで書いてきて、老獪な大人たちがいい思いをしていたり、政治家の暗躍で物事が決められていく姿を見て、『何かの役に立ちたい』という衝動を発揮したいと思っても、いいように利用されて、下手したらポイと捨てられる運命にならないとも限らない。戦前、『お国のために軍人になり』『広い土地と豊かな暮らしを求めて満洲へ渡った人たち』『捕虜になることは恥であると教えられ最後は自死した多くの日本人』たち。こういう科白を最初に作った男が必ずいるはずである。国(既得権集団や個人)は平気で国民を棄民するということを何度も反芻しておきたい。それは企業レベルではリストラである。家族レベルでは父親と母親の育児放棄(虐待)である。子捨てである。テロの世界では、自爆の勧めをしている人たちだ。『役に立ちたい』衝動をイデオロギーの刷り込みをして利用している(されている)。なんだか身もふたもない話になってしまった。とりあえず、目の前のゴミを拾うことから始めたい。