何でも過剰は禁物かも!
何でも過剰は禁物かも!
会社の先輩でB型肝炎で、生命保険に入れない人がいた。毎夜の焼酎二階堂(どういうわけかこの銘柄)を水(お湯)割り飲んで快眠。60歳で定年後は、毎日4時過ぎにウォーキング。歩きながら毎回、私に電話をかけてくる。生命保険がないので現金への執着心が凄い。男の子どもが二人いるので教育費も必要だし。節約して節約して貯めるので『そっちの携帯は会社支給だから、電話代タダだろうから、こちらにかけ直してくれ』と言われる。休みの日に温泉へ行っても黒のジャージ姿で現れる。『おしゃれしてきてくださいよ』と私が言っても、次の温泉地も黒のジャージ。着るものに金なんかかけられないという主義。徹底している。
苫小牧に住んでいても札幌に戸建を持ち、賃貸収入、故郷の実家の土地もスーパーに賃貸して毎月振り込まれる。金の管理は奥さんに任せず、毎月定額を渡して『これ、今月の生活費!』。男尊女卑的振る舞い。残りはほぼ預貯金へ。これを20年~30年繰り返してきた。競馬・パチンコ・女遊びせず、趣味は500円以下の温泉。テレビ朝日『アタックチャンス』に北海道代表に選ばれた読書家(松本清張)・勉強家でもあって物知り博士。人一倍の健康おたくでもあって、黒酢を飲んでいた。そして歩く、温泉、歩く、温泉。水も京極の名水を普通車がもう重くて傾くところまで水を積み込む。『美味しいのもそうだが、水道水より体にいいいんだ』。焼酎の水割りは京極の名水だったんだ。
そんな彼が故郷の帰り、異常な疲労感に襲われ脂汗が出てきた(と後で聞いた)。自宅の10段以下の階段も登れない。これは変だと思って近所の内科医へ。『風邪ですね』と診断されてその日は帰る。次の日、別な病院へ。血液検査をされて『白血病』と診断されて総合病院に緊急入院。この間、骨髄適合者を探し当てて光明を見出した。1ミリでも希望は、生きる勇気を与える。息子ふたり適合せず、実姉とは実家の土地所有をめぐり対立もあり、いまさら骨髄の型を調べることもできずであった。こういうとき、普段どおりの付き合いができているか不和なのか、大きな影響を及ぼす。結局、希望を与えてくれた骨髄提供者の親が子供の危険を考えて中止を決断。彼が猛烈に落ち込んだのは言うまでもない。白血病の場合、命の存続に関わる。近所や兄弟、赤の他人へも親切にして生きること大事だと思うが、こう書く私も二、三の書きたくないトラブルも抱えているから、明日は我が身だ。病魔は背中から切りつけてくると言った人がいるが本当だ。前からは来ない、いつも背中だ。前からなら防御できる。最後に叫んでいた『この檻から出してくれ、家に帰りたい!』と大声で叫んでいて、私は病室へ入れなかった。享年64歳。
ホランペッター。
亡くなられたんですね。元々の持病のために節制していたのに突然別の病気、それも治りにくい白血病だったんですね。私も高校生の時に音楽部の部長をしていてコーラスの指揮もしていましたが、何か気になる女生徒がいました。真面目で大人しく部活もちゃんとしていましたが、或る時、白血病だと分かりました。その後入院してそのまま帰らぬ人となりました。当時は骨髄移植など余り聞きませんでしたからね。突然やってくる病魔は怖いですね。年齢的にも無理せず出来るだけ規則正しくマイペースで居る事ですね。病気は、どんなにメンタルが強い人でも、精神まで蝕む事にも成り兼ねませんからね。
seto
健康に何倍も気を使ってもダメなときはダメだと思いました。見舞いに何度も行きましたが、「この病院を出してくれ!」と叫ばれたこともありました。骨髄移植の希望が消えた後ですね。痛みに病室から叫んでも、看護師たちは昼休みで何食わぬ顔で世間話をしていました。彼の部屋に飛んでいこうとする人はいませんでした。ひどい病院だと思いました。患者に寄り添わない病院でした。白血病が多いような気がします。不治の病であることにはかわりありません。痛みを緩和してくれる医療であってほしいです。コーラスの部活をしていた女子生徒痛ましいですね。