縄文時代の漆(うるし)と室瀬和美
12月24日、クリスマスイブにBSで人間国宝の日常の暮らしが放映されていて、室瀬和美さんが取材されていた。近所の市立図書館で講演があって聞いてきたので、そのときのブログを再公開する。
重要無形文化財「蒔絵」の保持者に認定された室瀬和美さん(1950年生まれ)の『カリンバ遺跡と漆文化の素晴らしさ』を聞きに行った。筆者の自宅裏の図書館にわざわざ漆の話をしに来られて、どんな話になるのか1時間聞いてきた。『漆』という木は、普通樹木はすべて『木篇』で漢字表記されるのに『漆』という漢字だけは、水偏の漢字で『木』が上に乗り、他の樹木とは扱いが違うところから話は入っていく。カリンバとはアイヌ語で『桜の木の皮』という意味で、近くにカリンバ川が流れていて、その周辺から縄文時代(3000年前)の漆製品が大量に出土した。漆塗りの櫛がたくさんある。この場所にはたくさんの漆の樹木があって、木々の皮に傷をつけて、垂れてくる樹液を集めて漆を採取して、工芸品に仕立てる技術者がいたということになる。漆の木1本で15年間で約150ccを採取し終われば枯れる。だから漆製品をたくさん作るためには相当の漆の木々がないといけないと先生は言われ、現在は岩手県で多く栽培されてはいるが、需要をまかないきれてはいない。国産の漆はわずか2%でほとんどは中国からの輸入に頼っている。『蒔絵』は中国にはない技術で世界で唯一の漆の使われ方であると。
私の住む町にはカリンバ遺跡という国から文化財指定を受けた縄文遺跡がある。郷土博物館にたくさん出土品が置かれてある。
自分が偶然住んだ町に、こういう縄文時代の数々の遺跡や土器が埋もれていることに気づくと、孫が生まれて未来につながる感覚を覚えるのと似ていて、過去に生きた人々に親近感が沸いてきて、そのDNAを私も引き継いでいるんだという気持ちになる。室瀬先生の話では、漆を使った蒔絵が奈良時代に突然始まる。その前に、何かあるだろうと探すがない。ある日突然現れたという表現をしていた。生物学の泰斗今西錦司さんが、『なぜ二足歩行を人類はしたのか?』という問いに『ある日突然立ち上がった』と答えたことを思い出した。時間の順序での進化論ではないと。室瀬先生も漆の技術について、その採取、その保存、乾かし方など現代と縄文ではほとんど差はないとも発言していた。私たちはいつのまにか直線的な時間は人間を進化させて、賢くなるとどこか思っていないだろうか。しかし、現代を見てみると『人間はむしろ退歩しているのではないだろうか』。有益な漆の話であった。
昔の少年。
漆と言えば、子供の頃、山で遊んでいてカブレた事がありました。出来るだけ漆には近寄らない様にはしても遊びに熱中していて知らぬ間に漆の木を触っていたりしますからたちまちカブレます、それだけなら良いのですが、外でオシッコをするのが当たり前の少年時代ですから、男の子はちんちんまでカブレて大変でした。銀杏も同じで樹液と言うより実の汁でカブレます。漆塗りと言えば田舎では古くから若狭塗の箸が身近にありました。若狭は小浜あたりで海から獲れたアワビの貝殻を細かく砕いて漆を塗ってしあげたキラキラ光る綺麗な箸です。この辺りは海に隣接し山も近く原材料には困らなかったのでしょう。それに鯖街道でも知られる街道が京都へ続いていましたから流通も盛んで、食に煩い京都人には漆塗りの箸は好まれたのでしょう。田舎では漆は自然のもので栽培などはしていなかったと思いますが、山には沢山自生していました。秋になると一番先に紅葉になるので直ぐに見つかります。村の集会などには漆塗りの箱膳が並びました。沢山の漆塗りのお椀なども大切に蔵に仕舞って居ました。特別な日に使うのです。考えてみれば昔は漆は身近なところに有りましたね。半世紀前に突然出現した塩化ビニールやアクリルなどプラスチック類が登場するまでは。漆は自然の産物ですから埋蔵品も私たちに無害ですが、現代の埋蔵品?プラウチック類はダイオキシンになり、海の魚介にも害を与えていますね。ここいらで我々も縄文人の思考に戻る必要がありますね。
seto
北海道でも漆があったわけで、日本中、漆の宝庫だったわけです。という私ですが、漆の木は見たことありません。講演ではわずかに青森に天然の漆の木があって、それ以外はほぼ中国からの輸入だということです。残念な文化ですね。輪島に行ったとき「新婚旅行)夫婦箸をもらいました。ウルシ=かぶれるですが、オシッコをうるしの木に向けてするとチンチン接触ですね。銀杏の樹液について初めて聞きました。団地内は銀杏の木だらけですから,銀杏の実(拾ってる人もいます)ですか。海と山の豊かに囲まれて自然児さん、昔の少年さんの天国天下でしたね。漆も国宝とか贅沢品ではなくて、庶民が使える安い値段になるといいですね。繰り返し使える漆製品、いいです。果物差し(会津産うるし)をリサイクル市で買いました。4本50円でした。いろんな場面で縄文が見直されてますが、圧倒的に長い期間、縄文でしたからね。
アドマン。
出土した漆製品はデザインに凝っていますね。当時は一つの事に熱中できる創作時間も沢山あったのでしょうね。今のように忙しい環境では自作するより買った方が安いなどと走りがちですね。自給自足、自作、創作、想像、時間をたっぷり使えば名作品も生まれるでしょうね。普段は気づかなかった足元に太古の歴史が眠っている訳ですね。私が全寮制の高校在学時の福井は勝山では恐竜の街に化しています。私達は知らずに踏みつけていた地面のしたから大量に発掘されたのですから驚きです。すべての出土品が訴えているのは、古代からの現代に対する警告なのかも知れませんね。私達が人類史上最悪だったと。
seto
ウクライナVSロシア、ハマスVSイスラエル、コンゴで続く内戦ですでに500万人虐殺、南スーダン内戦、ミャンマー国軍と反国軍内戦など、カラシニコフ錠が売れに売れて死の商人が跋扈、闇の経済を作っています。鉄砲作っても銃弾を当てなければ使用できないので、弾を作るメーカーを差し押さえればいいのですが。恵庭にある漆製品は立派ですが、それ以外にも壊れたやつ、いまだ発見されない製品も多数あると思いますね。穏やかな時代です。未来は地雷だらけの地球にしてしまう可能性大です。
ゼロ戦パイロットの弟。
カラシニコフですか?第二次世界大戦でドイツと戦ったロシア軍の戦車隊長カラシニコフがドイツ軍の銃器の凄さに驚いて持ち帰り銃器製造会社を立ち上げて、ドイツの銃器を参考に安価な拳銃や自動小銃を大量生産して世界にばら撒きました。日本のヤクザも入手しました。先日の郵便局籠城の高齢者が持って居たのも実はカラシニコフ拳銃です。未だに世界各地で健在と言う訳です。
困ったものです。殺人目的の商品をビジネスにするとは?正常な人間ではありませんね。
seto
カラシニコフは雨に濡れても使える万能銃でゲリラも好む銃で、ロシアから世界へ供給され続けているんでしょうか?昔、小樽港へロシアから銃が流れてきました。そういう逸話があったんですね。基本はドイツの銃。武器産業は民需生産に移行できないのでいつまでも同じものを作り続けますね。