インターネットは世界を白痴化させるシステム!?
コモエスタ坂本著『低度情報社会』(光文社ペーパーバックス)という本がある。図書館になかったので立花隆著『読書脳』(文藝春秋)からの孫引きです。(57p58p)ネット社会全体の情報の質がどんどん低下して(しかし、ネットに限らずテレビもひどい。視聴者が自分で考える暇・余白や沈黙を与えない)、ジャンク情報であふれかえっている。
低情報社会の人間の症例として『ヘッドライン(だけでわかったつもり)症候群』『チェック(しなきゃ)症候群』『Google(で調べるだけで満足)症候群』『コメンテーター症候群』『根拠なき権威症候群』など、耳の痛い指摘だ。アメリカ大統領選挙でトランプをこき下ろしていた新聞社・テレビに出ていた記者や大学教師たち。ニューズ・ウィークやウォールストリートジャーナルも同様だ
インターネットは確かにうまく利用すれば、質の高い情報に出会うことはできるが、実際には、自分がわかりそうな低品位の情報だけを選び、自分と同類の人とだけ交信し合う『バカはバカだけと交信し、もっとバカになる』と著者は言う。筆者も俗事や噂が好きだから気をつけたいが、なかなかこの病から脱することは困難だ。受動し続けるから発信することに舵を切りたいものだ。そういう意味でブログの効用はある自分にとってある。
そして何より、一度掲載された記事や文章を削除することが極めて困難なところがいい。というのは真剣勝負の文を書かないといけない緊張感があることだ。しかし残すのはいいが、増え続けるネット上の文字はどこまで堆積可能なのだろう?こんなことをしていて真砂になりつつある情報を生かせるのだろうか?単なる読み捨て・使い捨ての文字や写真と化してしまうのか?
先日読んだ本に『オフラインの情報価値が上がっている』(津田大介 情報の呼吸法 82p)と書かれてあった。無料で情報を取ることに慣れてしまって、『その人しか持っていない情報』や『本でしか読めない情報』の価値(これをオフラインの情報価値と言うらしい)。私の世代ではアナログと言うけれど。情報は情けある報告なのかもしれない。津田さんはソシャルキヤピタルの蓄積、縛りの薄いネットワーク、人的関係、困ったときに問い合わせる、必要ならば会って相談・知恵を借りる、そして助け合い。未来を構築していくソシャルメディアをどんどん提言しているが・・・。
低情報社会を救う道は、たぶんこのアナログ(人間関係含めて、その人しか発想や組み合わせができない)に刺激を受けながら、高い見地から世の中を俯瞰できる人が主導する社会になることだろうと思うが、現代は『専門主義の野蛮性』(オルテガ 1930年 大衆の反逆)が跋扈して、専門バカ(趣味や国の命令でサイバー攻撃を加えたり、原発開発やもんじゅを推進して1兆円以上の税金を捨てた技術者の非先見性と無責任・生物化学兵器の研究・宇宙開発も軍事最優先であるなど)が世界中に横行して、『自分たちの科学や技術は価値中立で、それを使うのは政治の世界だ』で済ましてきた。戦争の武器開発へどれだけの技術者や科学者が雇用されて、税金を投入されているか『自分は安全地帯に身を置いて、他人へ大きな犠牲と迷惑をかけてきた人々。いずれどこかで、ヤクザ言葉でいえば『おとしまえをつけて欲しい』。
自分を含めてネットで白痴化されぬよう、流される情報はすでにフィルターをかけられていて、信用せず、自分で調べて考える習慣を日々つけたいものである。さらにいつも同じ情報源は避けたほうがアタマがやわらかくなる。付き合う人もそうだけど。
もんじゅの馬鹿知恵。
ネットも研究開発も軍事目的から民間におりているものばかりですね。まず兵器としての利用価値を試してから、平和利用に転用することで現代社会は成り立っていますね。我が第二の故郷の「もんじゅ」のように失敗が取り返しがつかないものもありますが、それもほんの一部に過ぎないんじゃあないですか?。隠されてきた研究開発の失敗など無数にあるのではないでしょうか。ネットは相手が見えませんから怖い一面がありますね。心配なのは子供達で、ネットの情報を100%信じてしまわないか?と。
洗脳番組いろいろ。
TVもネットも人間を白痴化させるか?どうか?まではわかりませんが、好きな人は見ればいいし、見たくない人は見なければいいので、全ての人に見るなとまでは言えませんね。選択権は個人個人にゆだねられていて、信じるか信じないかも個人次第ですから全ての人が白痴化することも無いでしょう。TVなどの番組で意図的に洗脳番組を流したり、ネットで洗脳したりは可能でしょうね。しかし、もし、そんな場合には、賢明な人は見破るでしょうし、受動的一辺倒の人間にはあり得るかもしれませんが、創造力のある人なら影響される心配はないでしょう。出来れば利口になるような洗脳番組などあればいいですね。
メディアとの関わり方。
十人十色。人はそれぞれ考え方も違うので、おなじ方向に向かって突っ走る時代ではないでしょう。むしろ、まとまらない、群れないのが現代人ではないでしょうか。たとえ一時的に群れたにしろ、見せかけであって、実は絶えずバリアを張って生きていると思います。親しい振りはしても実は親しくは無いし、笑顔を交わしても心中は別の顔を持っていたりと、人の心の中にまでは入り込めませんね。ネットも含め、メディアはすべて一般論ですから細かいところでは人それぞれの受け止め方も違いますね。これまでのメディアも飽きられれば、自ずと変化していくのでしょう。正しい方向に行って欲しいですが。
子供とメディア。
情報を求めすぎる現代。特に知らなくてもいい様なことを皆が知っていて、知らないと馬鹿扱いされるから困ったものだ。下手すれば、子供達のほうが多くのことを知っていたりするから驚きだ。スマホやPCや3DSなどのYOUTUBEなどを自由に見れるからだろう。もはやメディアは大人たちだけのものでは無くなったようだ。しかし、メディアに投稿したり情報をあげたりするのはほとんどが大人達で、その影響力は怖いものがある。