副題は、環境次第で誰でも依存者になり得る社会。著者がアルコール依存を直すための会のメンバーになって感じたことを書いている章である。

 

筆者自身がアルコール依存を病気とは考えていないという話から入る。というのは私は『私のアルコール依存症あるいは他のどんな依存症も病気だと思ったことは一度もない』。考えてみれば、人間は食べ物依存や酸素や空気依存をしているし、専業主婦なら夫のATM依存、夫は妻の料理依存、子供は親の生活費依存、子供は学べば学校依存、学校は教えについて教師依存、大学は文科省からの補助金依存、町内会は町内会費依存、老人は年金依存、医者の経営は医療制度依存、クスリメーカー依存、公務員や政治家は税金依存、作家は活字依存、テレビは吉本興業ほかタレント依存・広告依存、深夜勤務の人はコンビニ依存、母親は子供依存、サラリーマン社長は部下の稼ぎ依存、引きこもりは親依存、予備校は偏差値依存、筆者などはブログ依存で世の中に益することがなく目も当てられない。

 

この本に戻ると、アルコール依存症を治すためのプログラムが(ステップ)があって、それを順番に守って、最終的な禁酒にまで行くというものだが、書き手は一気に順番を超えてある日、禁酒を自分の意思でやめた。これは、ヘビースモーカーの私も良くわかる話で、禁煙ガム(とても値段が高かった)を幾らかんでもタバコをやめる意志がないと止められるものではない。アルコールもこのクスリを飲むとアルコールを嗅ぐだけで吐き気がするという薬があったが、知人は試したが、だめであった。止める止めないはステップ踏んで解決する話ではないのである。

 

禁煙外来を日本医師会へ注文つけたのも外資系のクスリメーカーが寄附金をわんさか日本医師会へ提供した見返りに、建前は喫煙をニコチン依存として病気に分類してマスコミを多用して宣伝しただけである。厚生労働省も国民の多数の健康のために分煙とか最近では居酒屋まで被害を及ぼし、罰則まで設けようとしている。本題をまた脱線してしまった。自力で立ち直れる機会を、『病気』と分類することで、より治りを遅くしているかもしれないのだ。

 

著者にアルコール依存者の友人が二人いた。一人は人生の目的(仕事への情熱を見つけて治癒)、もう一人は自殺した。その違いは生きがいの発見の有無ではないかと。ベトナム戦争従軍兵士の間でベトナム現地でヘロインが大流行をしていたが、帰還するとその習慣がどんどん減ってきた話も書いている。(ヘロイン常習者に関して過去最大の調査と思われる調査だが)『ひとたびアメリカ国内に戻ったあと、依存者とみなされる量のヘロインを摂取し続けた帰還兵はわずか12%未満にとどまった』『従軍した若者は、正常な社会環境から引き離されてしまい・・・戦場での暮らしの混沌、恐怖、恐ろしい経験、無秩序から別な世界へトリップ(旅)するためにヘロインが使われた。兵士の5人に1人は常習になった。しかし、母国に帰ればヘロイン依存から脱した若者が多かった』

 

これは誰でも環境次第で、依存症になる例だと筆者は言う。むしろ習慣になりにくい環境、簡単に手に入らないよう配慮する。依存症は『習慣病』であるからという説を唱える医師の説を著者も共感を持って紹介している。そばに置かないである。そばに置くとすぐに使ってしまう人間の業みたいなものか?首相の官房機密費はゼロにしたほうがいいし、外遊の回数も1年に10回と制限したりしないと『外遊依存症(逃げたい私)』『習慣病』から脱することはできない。

  1. 好きこそ治療薬。

    日に3箱のタバコ依存から脱するのには相当かかったが,長年勤めた会社の倒産劇がきっかけでやめる事が出来た。当時の拠点責任者だった事もあって精神的ショックの大きさが禁煙を決断させてくれた。会社対会社とは言え,協力会社の人に数百万円もの負債を残して,のんびりとタバコなど吸っている場合ではないと自覚したからだった。身を切る想いで手つかずのタバコの箱とライターを協力会社の若い社長に渡して以来タバコとは縁を切った。それでも依存症の手がタバコが入っていたポケットをまさぐるのには閉口した。ガムを噛んだり,飴をなめたり,水を飲んだり,タバコ代ほどのお金を使って気をそらせて3か月ほど苦しんだ。何よりも効果的だったのは,自分の好きな事に没頭する事だった。絵を描いたり,短歌を作ったり,そのほか好きな事だけをやってニコチン依存症から徐々に解放された。

  2. 身を立てたお酒で身を滅ぼしてしまったお話。

    姉の亭主は若い頃,新宿で生きて来た人間で,お酒が身に沁みついてアルコール依存症になっていた。眠るときは枕の下にドスを隠して寝なければ眠れないらしい。だから夜は近寄れない人になっていた。薬も多用していたせいで,幻覚症状もあるようだった。いくら姉が止めてもお酒はやめられず,最後は階段から転げ落ちて肋骨が肺に達して事故死してしまった。アルコール依存症はタバコどころの比では無い。若い時に身を立てた水商売で覚えたお酒が,身を亡ぼす結果となってしまった。

  3. 真面目なギャンブラーと不真面目なギャンブラーの違い。

    私の三人の姉の二番目の連れ合いは,東京で親父の代から引き継いだ金庫の鍵専門の街工場の経営者だった。仕事は几帳面で至って真面目人間だったが?,しかし欠点は一つだけ?(複数)「ギャンブル依存症」だった。休みの日は競馬,競輪,競艇に長男の幼児まで連れて行っていたらしい。お陰で家計は火の車。夏休みに子供たちを連れて田舎に遊びに来ても,一日目は大人しく川で鮎釣りなどするが二日目からは落ち着かず,競艇にすっ飛んで行ってしまう始末。どこの地方に行っても,その地元のギャンブルを探して飛んで行く完全なギャンブル依存症だった。やがて彼が亡くなって,長男にもその症状は伝染してしまったようだ。亡き義兄と違うところは,真面目に働かないところだろうか。親の教育のお陰で工場兼自宅まで失う結果となったようだ。

  4. 19番ホール。

    タイガー・ウッズは「向かう先敵なし!」と流星のごとく現れ「神に子」と思われていたが或る時期から突然歯車が狂いだした。世界各地を転戦する彼にも只一つだけ「依存症」があった。「セックス依存症」だ。あの強さは,その依存症が生んだ神業だったのか?妻に告訴され,一種のライフ・ワークでもあった「依存症」を取り上げられ,すっかり元気を失くした彼はどんどん下降線をたどり,今ではトーナメント出場でも信じられない順位に居る事が多くなった。かつての彼にとって最終ホールは19番だったようだ。

  5. 依存症における問題は?一つの事に依存し過ぎるがために起こる事が多いのではないでしょうか。病的にのめり込んで身を亡ぼすのではなく,多くの事に依存する事によって解決するのではないかと思います。あれも,これも,それも,好きで仕方がないのであれば,すべての事に依存してしまえば,それぞれに対する時間も限られると同時に経済的にも自己規制せざるを得なくなって,自動的に心にも自制心と言う自動ブレーキがかかるのではないでしょうか。好きな事,やりたい事を何でもやった方がストレスも無くなり健康的な「多種依存症」になれるのではと思いますね。そうなれば,もはや「病気」ではなく,多趣味な人に分類されるでしょうね。

  6. 「依存」は「興味深い」から始まって,そのうち「病みつき」になるのでしょうね。その前に,もっと違う「興味深いもの」を見つければ良い訳で,軌道修正は早いうちにした方がいいでしょうね。ロケットと同じで,最初のわずかな軌道修正が最終的には大きな軌道変化につながりますからね。自分からは,なかなか出来ないでしょうから,周囲もある程度,気を配ってあげる事ができればいいと思いますね。ほんの少しの「サポート」と言う「軌道修正」で,「依存症」と言う病気が発症する前に。

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