1664年から、再度出てきた、ロンドンのペスト死者。『ペストに対する最上の予防策は、逃げること』(デフォー)。しかし、テレビも新聞もない時代にペストの話は口から口へ。また、政府当局から張り出される『週報』で死亡者数を知らせるので、数字が正確ではない。当局が抑えて発表しているとデフォーは見抜く。


デフォーはロンドンで馬具商を営み、アメリカにあるイギリス植民地へ卸す商売をしているので、逃げると破産する。いつの時代も、危機になると『金持ち連中、特に貴族とか紳士とかいう連中は。一族郎党を引き連れ、慌てふためいて市の西部から郊外へ郊外へと逃げ出していった』。以前、『ペストの歴史』を7回シリーズで書いた。カテゴリーにあるので興味のある方はそちらを参照してほしい。しかし、ロンドンを脱出するとき必ず『健康証明書』を持たないと町々を通過することができないようになっている。健康証明書を金で買う潜在ペスト患者もいたかもしれない。


『ペスト』といえばカミュの作品を思い浮かべる人も多いと思うが、まさかロビンソン・クルーソーの作者が定点観察で記録していたとは驚きである。三段組でまだ40ページあるので、何が飛び出してくるかわからない。新聞記事を読んでいる気持ちになる不思議な文章である。たった8ぺージしか読んでいないのに、ロンドン市で始まる混乱の予兆、パニックの予兆は伝わってくるし、時代を超えて自分たちだけは安全地帯へ移動する金持ち連中。


話を『ペスト』という作品に戻ると、とうとうデフォーのところで働く従者も逃げ出すしまつ。デフォーも不安になって、兄の勧めもあって一度はロンドンから疎開を考えるが『あいにくその時、馬が一頭も手に入らなかった。・・・馬だけは、ある意味で、全員退去してしまっていたからだ。ロンドン市内どこを探しても馬一頭、買うことも借りることもできなかったのである。』ペストに対する最上の予防策は、逃げることだとしたら、馬がいの一番実行している。


独身のデフォーであるから、田舎へ行くかロンドンに残るか沈思黙考が始まる。そして出した結論が、全財産である家財類の保管は私の責任であり、残留しなければならないと考える。それは神からの啓示、職業(calling)と認識された。そうであれば、神は私の命を守ってくれるはずだと。筆者などは『そうかな?逃げたが勝ちと思うけど』と突っ込みを入れたくなる文章であった。さて、どうなるか、次回をお楽しみに。

Leave a Reply

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です