ルンペンプロレタリアート 妄想ブログ
夏休みに九州から孫が帰り、ドライブに車の中で尻取りをして遊ぶ。柔らかい大脳なので言葉を次々に覚えてくれるし、日本語習熟と私の記憶に沈む単語も突然出てくる。パンツ→積み木→キリギリス→寿司→シマウマ→マンドリル→ルンペンプロレタリアート・・・。定番の言葉の進行である。
1回目は『何、それ?』と聞かれ、『貧しい上に貧しい人々を、住む場所もなく転々と生きる人たちをルンペンプロレタリアートと言うんだよ』と教えた。私が10代のころ、マルクスが書いていたプロレタリアート独裁。その中で、マルクスもどこか軽蔑をしていた人々。傍から見たら『乞食(こじき)』を称して『ルンペン』と言っていた。ジプシーも入る。6歳の孫にこの単語を教えていいものか、迷いはしたが、以降、私が『ルンペンプロレタリアート』というと車内はどっと笑いに包まれる。同世代の妻はルンぺンという単語とプロレタリアートという単語二つは理解するが、つなげた単語には呆れる。『もう、その言葉言わないで』と言いながら、ゲラゲラ笑っている。
『食』は『職』に通じて、仕事を求めることは、職を求めることすなわち食べる(食)を求める行為で、求めることを『乞う』とすれば、サラリーマンの実態は実は『乞食』なのかもしれないと妄想する。背広を着て,先のとがった靴を履いて、ノートPCを開いて、イヤホンもつけてスタバで仕事をする人も、アクビをして会社行きたくないモード全開の中年も、手帳を出してスケジュール満載に笑みを浮かべて、私は仕事ができて忙しいムードを押し出す女性も含めてみんな『乞食』に筆者に見えてくるときがある。
私自身も乞食であったとつくづく思う、自嘲ではなくて。農民を見ていてうらやましいのは根本的に『食べる作物』を作る土地と技術と労働力を持っていて、ロシアの農奴、ヨーロッパの領主と農民の関係でなくて、生きるために食べ物を作る原型がしっかり見えることである。農民が飢える国はオシマイだということもあり、中世や江戸時代の飢饉の地獄絵、ペストで大量死する中世ヨーロッパの版画も見たが、現代は別な意味で『ルンペン』にならざる負えない時代である。『難民』『失業者』『大貧民』が『ルンペンプロレタリアート』に相当するかもしれない。プロレタリアートは『ルンペン』になってみないと彼らの心の中がわからないことだらけだ。アメリカのトランプ大統領の支持者に『ルンペン』までいかないにしろ『プチルンペンプロレタリアートの白人層』がわんさかいそうな気がする。
Jアラートの朝。
昨日は,Jアラートで始まった一日でしたが,無邪気な子供たちの未来を考えると,北の暴挙やシリアやISなど不安材料ばかりですね。さすがに今回だけは、我が家の子供たちも戦争を連想したのか,全員飛び起きて衣服を着て地下室に避難しました。上空をミサイルが通過して襟裳沖に落下のニュースを聞いて「キム!死ね!」と怒っていました。北の若い指導者は,老若男女を問わず,世界の嫌われ者になった訳ですね。太り過ぎた彼の下に居る国民の暮らしは?と想像するだけで哀れに思いますね。
流浪の民。
ルンペン?懐かしい言葉ですね。今はホームレス?なんですかね。かつて西新宿あたりに沢山いました。大阪では梅田の地下道にもいました。彼ら(女性が少ない)は快適な場所を求めて移動して生きていますね。ところが,ある日物乞いをしているのにも関わらず胴巻きの中に札束がチラッと見えたのには驚きました。比較的経歴も立派な人も多いようですね。作家にも大阪のドヤ街に宿泊体験して物書きをしていた方もいましたね。彼らは意外にインテリが多いようですね。社会環境に順応できないか?反骨精神なのか?理由はいろいろあるのでしょうね。大通のTV塔前のビル9階にオフイスがあった頃は下を見るとTV塔横の地下鉄排熱ダクトのネットの上に寝ている人が居ましたが,冬の厳しい北海道には少ないですね。ホームレス用の簡易宿舎も必要かも知れませんね。ホームレス生活って,サバイバルにも似て,かなり勇気も要りそうですね。(外国人が少ないのも不思議です。)しかし?考えてみれば自分も東京、福井、大阪、北海道と流浪の民だと,今気づきましたね。