トイレマーク

(1)筆者は昭和26年生まれ。当時は水洗用トイレはまだまだ公共機関やデパート・ホテルとかコンクリート住宅以外は全部、大小のものは集荷にきていた。昔の江戸は世界一のエコな街で、すべて循環サイクルで運営された近代都市であった。100万人の江戸の市民の何は近郊の農家へ肥料として売られて、それがまた野菜として食べられていたというわけ。

昭和40年、私が中学3年のときに1年だけ保健委員をやったことがある。どうでもいいハンカチ所持検査もやらされた。いまでも妻からハンカチを持つ習慣のない私(濡れたらズボンで拭く)の野性味が気に食わないようで、叱られる。ティッシュも持つ習慣がない。使うときはトイレに駆け込むか持ってる人に「ティッシュ持ってない?」ともらうことにしている。清潔ではない人種の部類だ。これだもの女性にもてるわけがない。

最近、藤田紘一郎さんの本が売れて、ずいぶん私も助かっている。「アレルギーが多いのは清潔病が蔓延しているからだと、不潔な方が肌に耐性菌がたくさんいて丈夫な体になるんだよ、現代人は清潔ってうるさ過ぎ。抗菌剤をやり過ぎだ」と藤田さんの本をダシにして、威張っている。ここでもへそ曲がりだ。

保健委員の仕事に検便検査がある。あらかじめプラスチックの蓋付きの中指大の容器が渡される。そのネーミングが「ベントール」という。この名前を聞くと、同世代で鳥肌が立つ女性もいるらしい。誰が付けたかこの名前。「便を取るのね」。便の中に虫がいないか調べるわけだ。大体、自宅で前日に採取する。これが難しい。

調べる人も匂いに参るだろうし、容器に入れるまでの子供たちの苦労も大変だ。ある生徒は「ちょつと便秘で出ない、おまえの便を貸してくれないか」とか「下痢で容器をはみ出してしまって、もう一つベントールくれない?」とか日本中の子供たちの小さなココロを痛めたのだ。保健委員の仕事は、朝「これからベントールを集めに行きますので、バケツに入れてください。名前を必ず書いてくださいね」と私はクラスを回る。ところが、クラスに私の初恋の女性もいた。だんだん、彼女に近づいてくると、私もぽぉと赤い顔に。照れくさくもあり嬉しさもあった。私は変態かもしれない。中学の同級生の飲み会になると必ず、ベントールの話が出る。「うまいネーミングだ、絶妙だね」。「弁当箱」という言葉や音を聞いて、私は今でも「ベントール」を連想する。

(2)世の中にはどうしようもないくらいの美人がいるものだ。あなたの近くにもきっとそういう人がいるはず。フランス文学者の渡辺一夫さんのエセイに、「そういうときは、心身のバランスを取るために、彼女が雪隠にいるポーズを想像するといいよ」と書いてあった。スペインの軽喜劇作家のカルデロンという男の書いた小話で、スペインの王妃が毎朝、お肌を保つためにワイン風呂に入ることになり、毎日100本のワインを入れては、終わるとそのワインを捨てるのはもったいないと瓶に戻して家来たちは飲んでいた。ある日、いつものように100本のワインを入れて、瓶に戻したら101本になってしまった。少ししょっぱい味がしたと家来たちは言う。

  1. 美しい人や、好きな人の前では聖人君子、潔癖なマドンナで穢れ無き自分を装うが、所詮人間だもの。大統領も王女様も女優も皆やることはほとんど同じ。違いと言えば暮らしぶりだけ。下肥などは僕の田舎では常識で野菜にもたっぷり与えられて元気に育っていた。もちろん水洗いして食するが、回虫も体内で元気に育つ。今、考えてみれば人間を媒介したバクテリアや寄生虫と野菜との共存だったのだ。ベントールなど存在していない時代はマッチ箱が定番だった。プラスチック容器ができてからは数段清潔にはなったが、採取法は未だ変っていない。僕の温泉嫌いもプール嫌いも実は美女のワイン風呂と同じ理由からだ。

  2. 昨日NHKのTV番組「ためしてガッテン」?でしたか?でチラッと見聞きしたのですが、健康な腸の持ち主の、あの○ん○を採取して不調な腸の持ち主の腸内に移植すると、何と移植された腸内も健康になるらしいですよ。スエーデンだったか?のお医者さんの、とんでもない発想の実験だったらしいですが、大成功でしたとさ。昼食前にご免なさいね。この方法の応用で脳みそも入れ替えてもらえば僕でも『ノーベル賞』も夢では無くなりますかね。カニ味噌や八丁味噌はいけません。ダシにされますから。うちの呑ん兵のHさんは『飲~める賞』ですね。

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