あっという間にその日が来る!!
筆者は40代後半に、定年はまだまだ先だ、他人事のように思っていた。仕事をばりばりやれる自信があったとはいえ、体力が衰え、以前ほど粘りがない自分に気付く。眠りも浅くて、次の日になっても疲れが取れない。仕事の切り替えも上手にできなくなり、苛立ちが出てくる。
会社の先輩から『50代に入ると、あっと言う間に定年が来るよ』といわれたことがあるが『まさか、まだ10年以上あるではないか』と思っていたら、どっこいあっと言う間に定年が来て、役職が無くなり、元部下が上司になり営業会議に呼ばれなくなった。必ず、そういう日は来るし、あなたにもやって来る。来ないのは『生涯現役のまま倒れる人』くらいであろう。
ある人の年賀状に『元旦、ことしもあと少しとなりました』と書いてくる人がいた。聞くと『新しい年になるとあっという間に年末が来るような実感があるんだ』ということであった。74歳の人である。主人公は本来、人間であるはずが、時間が主でそのしもべが人間のようである。庭のミミズもヒヨドリも彼らは体内の時計に従い、どこか悠々と生きている。
1月28日の朝日新聞朝刊に、アインシュタインが来日したとき泊まった東京帝国ホテル。そこのベルボーイにアインシュタインが世話になったお礼に書いたメモが発見された。『静かで質素な生活は、絶え間ない不安にかられながら成功を追い求めるより、多くの喜びをもたらす』(アインシュタイン)。以前、黒澤明も同じようなことを言っていたことを思い出した。それは『平凡』とか『普通』に生きることの大事さとむつかしさであった。スマホが急激に普及して、いつでもだれでも言葉や写真を発信でき、あわよくば一夜にして大金持ちや有名人になるかもしれないし、それはそれで真実かもしれない。
しかし、人生は継続とプロセスしか生きられないから、ある年齢にならないと静かで質素な暮らしの喜びはわかりにくい。天変地異がなくて、戦争が身近でなくて、軍人が闊歩する国でなくて、屋根の付いた家に住み、ときどきアハハと笑えて、おしゃべりする友達がいれば、志は低いかもしれないが十分生きたなと思えるのだ。東京でATMの修理に奔走していた小学校・中学の友人から『そろそろ札幌へ帰ろうか』とメールが来た。『先日、蒲田駅前の0.1円パチンコ(楽園)が無くなり、全店スロットに。夏は涼しく、冬暖かく、飴も用意されてるし、WIFIも完備、金もかからず本当に楽園でした。0.1パチなくなってもパチンコやめるわけにもいかず、まずい状況です』。『帰ってこいよ、お前のために歓迎会、ご苦労さん会開くから』と返信。55年間の付き合いだ。
時間があれば下記のブログも併読を。
以前、書いたセネカ『人生の短さについて』を再録するが、いままで書いたブログとニュアンス違うかもしれない。
事故や病気で短命に終わらなければ、人生は十分に長いのだ・・・。
セネカ(BC4~AD65)は、最後は皇帝ネロから自死を命じられて死んだが69歳まで生きた。長命な人であった。
当時は5歳までに亡くなる人が15~35%。5歳以上生きてても平均余命が40代の時代だ。ローマの習慣で子供が亡くなると、葬式は夜分に松明とローソクをつけて墓場まで行く。セネカ本人は元老院で執政もして、公的にも多忙を極めた。実際、周りにたくさんの統治している市民を観察して書いたのが「人生の短さについて」だ。
「暇」の大切さ、多忙の持つ「欺瞞性」「非本来的な生き方」の対比で書かれてある。それをたとえでこう書く。「毎日、毎日を最後の一日と決める人、このような人は明日を望むこともないし恐れることもない。なぜというに、新しい楽しみのひとときが何をもたらそうとも、それがなんだというのだろうか。(中略)このような人生には、加えるものはあっても、引くものは何一つありえない。」「われわれは短い時間をもっているのではなく、実はその多くを浪費しているのである。人生は十分に長く、その全体が有効に費やされるならば、最も偉大なことを完成できるほど豊富に与えられている。〈中略〉我々は短い人生を受けているのではなく、われわれがそれを短くしているのである~我々の一生も上手に按配する者には、著しく広がるものである」。
セネカは、人生と時間を分ける。時間の経過は「貪欲に囚われ、無駄な苦労をし、酒浸り、博奕びたり、他人の意見に左右され、自分の野心に引きずられ、疲れ果てている者もいれば、商売でしゃにむに儲けたい一心から、国という国、海という海の至るところを利欲の夢に駆り立てられている者もある。絶えず他人に危険を加えることに没頭するか、あるいは自分に自分に危険のくわえられることを心配しながら戦争熱に浮かされている者もある」。
私はこの本を20代の初期に買っていたが、ストア派の禁欲主義の人には共感せず、エピクロスの快楽主義が自分に合っているわと・・食わず嫌いなまま多くの時間を広告営業とお客や同僚との飲み会、出世競争、パチンコに費やしてきた。
40年経過してセネカの文を再読すると、60歳を過ぎると、身に染みて言葉の数々が胸に刺さる。私は口癖のように言ってたのが「あっという間に時間が過ぎた」「光陰矢の如し」「少年老い易く学なりがたし」と思っていたから、「そうだよな、こういうセネカの考え方もありだな」と。
日々のスケジュール表に振り回されていた時代、どこかそこにほっとしたものを感じていた自分はいなかっかたかと反省する。ビジネス手帳に用事を書き込むときの快感もあったかもしれない。空白に耐えられない自分がいたように思う。いろんな人とあったりする用事がなくても自分に用事がある毎日。ストア主義の真髄が「自分に用事がある」ということなのかもしれない。自分に自分で会うのが怖いのかもしれない。
空白、余白、暇、他人の時間を奪わない、余計なメールはしない、私のブログもセネカから言わせれば、時間の無駄使いの最たるものだ。最後に「偉大な人物、つまり人間の犯すもろもろの過失を超絶した人物は、自分の時間から何一つ取り去られることを許さない。それゆえに、この人生はきわめて長い。用いられる限りの時間を、ことごとく自分自身のために充てているからである」
表題と違って、人生は十分に長いんだよと教えてくれる本でした。
(追記)それにしても、TV局は残酷でもう出さなくてもいい往年のスターや芸能人を皺だらけの、厚化粧で出させる。生活が苦しいからTV局から示されたギャラ額にタレントの所属事務所がOKを出して、出演させ醜悪な顔をお茶の間へ。アナログテレビ時代の肌とデジタル時代の肌はテレビでは見えが違うことをメイクの人は教えないと。(4月5日記)
下記の言葉をしたためた掛け軸をある人から5月30日、いただいた。下の2行がわかりづらかったが。
少年易老学難成
一寸光陰不可軽
未覚池塘春草夢
階前梧葉已秋声 (朱子)
ピンピンコロリ。
後悔先に立たず。あの時あの道を選んでおけば良かったなどと年老いてから考えても始まらないですね。あの時彼女ともっと真剣に付き合っていれば良かったなどと悔やんでも後の祭りです。その反対に、あの時あの誘いに乗らなくて良かったとか、あの職を選ばなくてよかったなどもありますね。人生ヒフティヒフティ。バックギアはありませんから、今さら逆戻りなど考えても仕方が無いとは思うのですが、人の性で若い時にやり残したことを再びやってみたいとか思うものです。定年を迎えて悠々自適の元サラリーマンの方々は旅行や山登りや趣味を楽しんだりしています。僕の場合は、十分働いた達成感は無く、まだまだ仕事をやり残していたので今でも働くハメになっています。「一体?いつまで働くの?」とよく聞かれますが、「死ぬまで!」と答えています。そんなに焦らなくても、ゆっくり休める日は必ず来ますからね。
seto
悠々自適は、嘘かもしれない。近所の図書館で観察していると(私も意地悪)、住宅ローンも終わり、子育ても終わっても、特に
男の場合、経済困窮はない人でも水平な人間関係に慣れなくて(30年、40年の会社生活の後遺症に大脳がやられている)縦言語
で他人と付き合う癖が取れず、他人から嫌われている人が多いです。人間関係が悠々でなければ、自適にはならずですかね。近所の
農家のご主人と話すと、お父さんは元道内の農協の幹部でしたが、やめて、息子さんと一緒に農業をしていました。農薬の袋をビリビリ
破って農機具に取り付けていました。農業に定年はなくて、いい仕事、きつい仕事ではあるけれど、私が心臓病を患わず、体力剛健なら
憧れの生涯の仕事にしたくなりました。達成感もあるし。食べる人から喜ばれるし。ご主人の奥さんが空き家を指して『誰か若い人で、農業をする人
がいないかしら』と私に言われたことがあります。水道・電気もあり土地も広く、高齢化で耕作ができなくなったのですね。本州で私のブログ
読んで農業を志す人がいたら、どうぞメールください。空港の近くなので便利ですよ。