杖をついてススキノへ行く88歳。
9月7日、札幌駅前ホテルで中学のクラス会を終えた。担任が88歳になる記念だ。『私は来年はお墓に入って来れないと思うから、これが最後のクラス会になると思う』と宣言。ホテル地下の個室会場は3年2組のホームルームに変わってしまった。レクチャーが始まると止まらない、『飛行機嫌いな私がハワイでの結婚式をきっかけに社会科の勉強・視察もあって約20回海外旅行をしてきた』と自慢。教師の定年後の生活の豊かさぶりの一端を見せてもらった。筆者は『幹事のいるクラス会は今回が最後です。これからは銘々気の合う人たちと交流してください』と挨拶したら、突然手を上げる元小学校教員。(人望ないのに無理して幹事をしなくてもいのに・・・と私は思うが、酔うと大言壮語する彼は話は面白くないが、まとめと説教が好きなのだが、どこかピントがずれている)。2時間30分の宴会も終わり、支払いを済ませると先生がいない。担任を自宅へ送ってもらう予定の同級生から『先生が○○と○○とタクシーで南へ行った』。羽振りのいい建設会社の社長が自分の店に誘ったのだ。『自宅にはまだ帰りたくない、カラオケへ行きたい』と言っていた担任の希望を聞いててスナックへ。担任は美女に囲まれてガンガン歌っていたと報告があった。若いときから飲む・歌うが大好きであったから、突然、華やいだあのころに戻りたい欲望が出たんだね。88歳になってもエネルギッシュ。生徒のほうがお先に棺桶へゴーかもしれない。杖をついてススキノスナック&カラオケで帰りはタクシーで送られてご機嫌。次の日『楽しかった、最高の一日であった』とお礼の電話があった。『長い教員生活で、自分を呼んでくれるクラス会は君たちだけだ。素直で可愛い生徒だらけでうれしい限りだ』と言われたが、これからクラスネットワークは『お通夜ネットワーク』に変わるはず。既婚・未婚・離婚・再婚・配偶者死別・孫あり・孫なし入り乱れて賑やかな談笑の3時間であった。
昔の少年。
クラス会のお誘いが来ていたが、今回もパスしました。なにせ本州は遠く、今夏は既に二回も行っているので経済的にもムリ、彼ら彼女らと違い未だに現役で仕事を持っているので、イベント直前の今の時期は時間的にもムリなのです。また今さら会っても、きっと誰だか?お互いに分からないのではとも思いますね。やはり近くに居ないと会う機会は無くなりますね。それにしても皆んな裕福なのか高級な温泉ホテルなどを会場にしているところも抵抗がありますね。
seto
私の育ったのは労働者の町ですから参加費5000円漢6000円。これが限界ですね。主婦にしても飲み会に6000円は高い、皆年金受給ですから。温泉で開催のときは1泊付きで、昔、ススキノの温泉でしたことがあります。これからこういう会は増えるのか減るのか?集まるメンバーはほ固定してきます。普段、来ないクラスメートの顔を見たいんですがなかなか出席してくれません。はじめて出るのはハードル高いのかも。
坊主の孫。
クラス会では無いですが、昨日訪問した客先の社長室で、社長さんと本部長さんと三人で雑談中に、北海道新幹線で札幌から東京へ行ってみたいですね。と言う話題になりました。三陽新幹線などには本州で7月にも乗車していますし、東海道新幹線にも何度か乗っていますが、北海道新幹線が未だ札幌まで来ていないので、わざわざ函館方面まで出かけてまで乗ろうとは思わない現実があります。そこで皆さんも高齢になられ「生きているうちに一度は」と言う事でした。ところが中でも私が一番年上と言う事で、先ず開通する10年先には無理ではないか?と言う事になりました。「いやいや、まだまだピンピンしていますから大丈夫ですよ。杖くらいは突いているかも知れませんがね」と強がりを言ってしまいました。お二人のお話では「我々は、いつ逝ってもおかしくない年齢域」と言っていました。確かに、高齢者になる自分も何とか長生きしている方だと思います。しかし、この夏、広島の義兄の息子が亡くなった事もあって、命の長さは年齢と比例していると思っていたこれまでの考えを一変させられました。実際には命に順番など無いのでしょうね。
seto
命には全く順番はないというのが大昔からの真実です。北海道新幹線ですか。私は東海道新幹線に40年前に乗って以来、新幹線には無縁の暮らしです。飛行機もご存じのようにパニック持病で最小限。旅行には合わない体質で困ったものです。兄が川崎、妹は越谷にいるので何かあれば駆けつけないといけないのですがヒコーキ、頑張って乗らないと。新千歳空港へは映画や娘と孫の見送りによくいきますが、すごい人と旅人・ビジネスマンの集団にびっくりします。異次元の空間です。新幹線は地上を走るので日常生活の延長にあるようで安心して乗れるかもしれませんんが、筆者はたぶん無理だと思いますね。ヨレヨレですから。
昔の少年。
今回も京都あたりで開催との案内でした。その前は芦原温泉でしたが、いずれも会費は2万5千円超で、しかも交通費は別途で各自が現地集合とか、何時発のJR特急で敦賀から一緒に行きませんか?との案内です。飲み放題や食べ放題コースなら未だかわいいのですが、幾ら懐かしいとか、観光とか温泉とか言っても、クラス会で懐石や蟹料理など贅沢すぎますね。普段通りの生活ペースとのギャップがあり過ぎる事も参加辞退した理由でもあります。とかく北陸では意外に見栄っ張りが多い土地柄ですが、豪華になればなるほど、着る物まで新調したりしかねませんから尚更負担増に成り兼ねませんからね。交通費だって北海道からなら相当掛かりますし、のんびりする時間も無いのでパスした次第です。近場で近いもの同士で集まるのが良いと思いますよ。遠方への誘いは、有難いですが、迷惑でもありますね。幹事さんは、毎回ご苦労様ですが、何せ幹事さんが洋服店の社長ですからね。
seto
私も幹事をしていて、会費には気を使います。5000円でも年金暮らしの主婦には痛いですから。担任の先生はお金持ちなので全額出してもらってもいいのですがね。『可愛い生徒へのプレゼント』としてね。意外に教師も太った腹はいませんね。妻の通った学校の同窓会は、先日八丈島でしたよ。どうやって行くの?という世界。沖縄が有ったり、佐渡があったり、『最近、島が多いよね。金持ち多いからほぼ日本中、行き尽くしたんでしょう』と冷ややか。相手の懐具合考えない有閑階層ですかね。行ってどうしてもあいつに会いたい人がいればいいのですが、そうなら数人で会えばいいし。移動するだけで疲れるからこれからはテレビ電話クラス会もいいかも。酒飲みながらテレビ会議室を借りて、相手の会場とやり取りする。オードブル置いてね。安上がりですがヌクモリはありませんが・・・。
ゼロ戦パイロットの弟。
「男はつらいよ」を見ました。浅丘ルリ子がドサ廻り歌手の編です。いつか彼女リリーが寅さんに気を持たせたため、彼女が沖縄で具合が悪くなって入院の報せに、今すぐにでも飛んでいかなければと右往左往。彼は飛行機が大っ嫌いで絶対に乗らないと周囲を困らせますが、柴又の帝釈天の和尚が説得して、隣の印刷会社のライトバンに乗せられて妹のサクラと亭主と羽田に到着も、飛行機を見た途端、またダダをコネて乗ろうとしません。困ったサクラがおいちゃんたちに電話で事情説明をしていると、そこへスチュワーデスの集団がスーツケースを転がして通りかかります。寅さんは綺麗な女性を見た途端声を掛け付いて行ってしまいます。「飛行機って大丈夫ですか?」の寅さんの問いに、スチュワーデスたちは「あらっ!私たちは毎日乗っていますわよ?」と。
これですっかり安心して何とか那覇空港までたどり着きました。毎日乗っている人たちが言うのですから、きっと大丈夫ですよ。
僕の経験上からは、一番前の広い席が良いかも知れませんね。CA達にも近いですし、エンジン音も静かですからね。
seto
思い出しました。機内でパニック起きたとき、スチュワーデスさんが毛布と冷たいタオルを私に持ってきてくれて、気分が良くなった記憶がよみがえりました。妻が横にいてパニック出たときはサンドイッチ、オニギリを食べ続けました。パニック障害を10代で発症、8年かけて自力で直した精神科医もいます。リリーさん、懐かしいですね。網走に来る話もなかったですか?寅さんは飛行機が嫌いなんだ!でも北海道へ良く来ているが、鉄道を利用していたのでしょう。発見です。