カルチャーショック的人生(続)
10月5日に「カルチャーショック的人生」で、道庁で焼肉試食バイトで同年齢の男の人の生き方を「カルチャーショック的人生」と名付けた。午後8時には寝て、できるだけ電気を使わず、冷蔵庫も持たず、ゴミを出す食事はせず(ゴミ袋を買わなくてはいけないから)、夜中の3時に起きて、ネットオークションで販売している物品(彼は骨董と言っている)の売上状況を見て、生活の足しにしている。郵便局の通帳を私に開示して入金状況を私に見せてくれた。
「部屋の中は売る物品(骨董)で溢れている」と言っていたが、ひょっとしてゴミ屋敷かもしれない。35歳~54歳までの非正規雇用が37%を超えて3人にひとりだ。健康保険も加入率52%、厚生年金も51%。未来の生活保護申請候補だ。そして独身が多い。健康保険が使えない人が半分いる。彼を見ていると、元ライターだから書くのはお手のものかもしれないが、社会保障や年金額がどうなのか。
自営業者がもらう国民年金は月額65000円くらいだが、この額を決めた背景に、「家がある」「家族がいる」という前提で65000円でいいだろうということで決めた額だ。この前提が、いまは「借家」「一人暮らし」にすっかり変わってしまっている。さらに年金から介護保険まで取られる。これなら生活保護申請をして月に10万を超える金額をもらう方が楽な暮らしができるというわけだ。65歳以上が生活保護者の半分を占めている背景だ。
カルチャーショック的人生は、何も彼だけではなくて、私の周りを見渡せば山のような事例に溢れていた。ある60歳の自営業の運送業者の人と話すと、「先日、同業の知り合いが部屋で死んでいた。死後4日経過していた。デリヘルの札幌における先駆けだったが、ヤクザともめてね。」。「私もだれにも看取られず死ぬのでは、それから考えるようになったと」と。
彼も6カ月の結婚生活で離婚、以降、赤帽で6人を使い運送業一筋だ。ヤクザの引っ越しもやったが、怖くて関係を切るまでに3年かかった。年金も国民年金で暮らせない、老いた母がいるが、父親が日雇い労働者で小学生から新聞配達していた。そんな話を聞いていると、自分の能天気な人生が申し訳ない気もしてくる。彼と組んで、西洋骨董閉店セールでほぼ完売した家具を一緒に届けている。高級住宅街の2号さんの部屋であったり、大流行の動物病院であったり、お金持ちの中でも骨董にふんだんにお金を掛けられる人たちだ。
ここでも私は「カルチャーショック的人生」を見たが、実は、先のネートオークションしている同年齢とどちらが幸せかわからない。そう思うようになった。家の中が冷え冷えとした家族関係の金持ちを見過ぎたせいだろうか。
昔の少年
もっと悲惨なのは僕の息子の葬祭業の仕事だ。昨日も若い人が階段で首つり自殺したそうだ。警察の現場検視が終わると、誰かが降ろしてあげ無ければならない。家族も嫌がる事をしてあげなければならない。こんな不幸な状況を何度も体験している彼も、そんな日はご飯も食べない。食べ物が喉を通らないらしい。昨日も用意した夕飯が、そのままテーブルに残されていたのを見て「また何かあったんだ」と思った。しかし自殺に追い込まれた本人はもっと悲惨な人生に区切りをつけたのだろう。小学校の時に「ゾンビ」の映画を彼と一緒に観に行ったが僕のほうが気味悪がって廊下に出たが彼は最後まで見ていたし、手術現場の映像でも興味深く見る子供だったが、大人になって仕事とはいえ、まさかこれほどリアルな現場に立ち会う事になろうとは想像もつかなかったはずだ。世の中には不幸が半分、幸せが半分。半分の幸せの中でも本当に幸せな人たちとは、自分では感じないながらも、凡人の僕たちの事なのかも知れない。