捨てないで食べちゃおう

2016年3月号の『ナショナルジオグラフィック』(日経)は、世界中で生産される食品の3分の1が食べられることなく捨てられている実態を一人のイギリス人の活動家を取材して特集をしている。その前に日本の実態だ。

 

やはり3分の1は食べられず捨てられている。 世界中でも捨てられる食料は下記の表である。

これだけの食料があれば、20億人に十分な食事を提供できる。現代、飢えに見舞われている10億人の人々に供給できるのである。筆者の住む町は団地の周りが農家が多くて農家直営の野菜やトウモロコシが格安で売っている。市場に出せないふぞろいの野菜も多い。格安で味は変わらないから袋詰めのにんじんは大人気である。

イギリス人のトリストラム・スチュワートは、南米やアメリカ、アフリカを駆け回り、捨てられる食材を使いボランティアの人々と料理を作り、市民に振る舞い、食品廃棄をなくす運動をしている。ミカン1個にしても等級という区分ができて、市場に出ないものが増えた。世界で生産される果物や野菜の46%が消費者へ届くことなく捨てられている。

私は、近郊をドライブしてタマネギが約10メートルの高さまで積み上げられて捨てられている光景を何度も見ている。『もったいない。こんなことをしたら後でバチが当たるよ』と思ったものである。食品廃棄は、さらにそれを育てるのに要した水、肥料,種子、燃料も無駄になる。先進国では生産段階で捨てられる野菜や果物が少ない代わりに、消費段階での廃棄が多いという統計だ。ただ、アメリカで余った食品を売る店が出てきたのは朗報だ。いまやアメリカは6~7人に一人は食糧不安を抱えてフードバンクやフードスタンプのお世話になっているから、食品廃棄と食糧不安を一気に解決できる妙案が出てきそうである。

 

12月の雑談

1)新聞に5段カラー広告にミリタリー風の腕時計が5000円で売っていた。さっそく申込用紙に記入して、はがきに貼り投函した。郵送されてきた賞品を腕に巻くと、あれれ時計の針が動かない。ネジを巻くポッチが固まっている。すぐに広告主の通販会社に電話した。「あっそうですか、新しい商品を再度送りますから、それを捨ててもいいし使ってください」と。「いや結構です」と断った。スーパーで売っている2000円の時計が正確だ。100円ショップで時計を買ったときもすぐに壊れた。安物買いの銭失いの人生観だ。楽しいけれど、害が少ないだけ。いままで買った時計で一番高かったのは、中学に入学するとき親父に買ってもらったセイコーの2万円の腕時計だ。万年筆も高い物を買ってくれた。このときが一番いいものを持っていた。サラリーマンになって買った高い時計は1万円、万年筆はパイロットkakuno1000円。車も51歳で初めて新車(ホンダフィット)を買う。貧乏に生まれたが、何不自由ない暮らしを送ってきた私の兄弟もそうだが物欲が低い。母曰く「この社会は嫉妬社会だから他人が羨むものを持ったり、派手なものを持ってはいけない」と教えを守ってきたのかも。

2)12月20日土曜日だ。外は雨、庭に来るスズメの集団にくず米をまいている。見ていて可愛い。スズメの寿命は約3年、夜は近所の松の木々や大きな常緑樹に隠れて寝ている。もう何年も前になるが、スズメが公園から突然いなくなった事件があった。あれはいったい何が起きたのだろう。身近な庭園の中で鳥類の異変が起きたらまた報告します。

3)午後11時、激しい雨が降っている。雨漏りをした自宅なのでびくびくする。2階の寝室の屋根から雨漏り落ちて、1階の玄関の天井からも滴ってきた。」さらに居間の2カ所、洋服部屋も1か所、たまたまスポンサーであった住宅会社に修理を頼んだが、治ったと思ったら再度水漏れ。原因がストーブの屋根まわりに溜まった水が天井を走って、そこから各部屋に流れたんだと。外壁も直したので300万くらい払ったかな。中古の住宅で築4年。日当たりはいいんだけれど。住む人が亡くなれば兄弟仲良く分けてくれ。住居費かからない戸建ては天変地異に強いかも。庭でトマトを作れる。解体して土地だけ売る手もあるね。

 

長生きするということ。

 

篠田桃紅さんという世界的に名の知れた抽象的な書家「103歳になってわかったこと」という本を見つけた。(幻冬舎刊)。

24歳で家を出て、ひとり暮らしを続けて、いまに至り、現在103歳になって思いつくまま書いた本だ。副題が(人生は一人でも面白い)。これからおひとり様人生を過ごす覚悟をした(また自然にそうなる)人には、わかりやすくてとてもいい本だ。

102歳まで母親と辛抱強く同居して面倒を看た会社の同僚もいたが、篠田桃紅さんがひとりで生き続けたとは凄い。この中に「人」という漢字が出てくる。私は恥ずかしながら、「人」はひとりでは生きられないから、支え合う「人」と「人」からできた漢字と思い込んでいた。

しかし、書をする篠田さんは甲骨文字で「人」は(ひとりで立っている)。ひとりで立っている「人」は、横向きになって、両手を前に出して、何かを始めようとしているようにみえる。あるいは手を差し出して、人を助けようとしているかもしれない。・・・という風に解釈。さっそく白川静「常用字解」で「人」の甲骨文字の解説を読むと、横向きになってる絵(文字)が書かれてある。両手を広げると「大」という漢字になる。100歳はこの世の治外法権(この言葉も凄い)。image_5952_400_0

「自らの足で立ってる人は、過度な依存はしない」。「人というのは動物、動く物で私はしょうちゅう手指を動かしている」。「無駄はとても大事です。無駄が多くならなければ、だめです。お金にしても、要るものだけを買っているのでは、お金は生きてきません。なんでこんなものを買ってしまったのだろうとふと思っても、無駄はあとで生きてくることがあります。」。

そして、時間でもお金でも用だけきっちり済ませる人生は1+1=2。無駄のある人生は1+1が10にも20にもすることができる。無駄のない人生は考えようによって実はないのかもしれない。さらに知識や解説で物や人を見ないで、自分の感覚や感性で物を見ること、「虫の知らせ」「虫が好かない」「虫酸が走る」。危険を察知できると。いまは大脳過多(知識で物事を見過ぎる)の時代で感覚がおろそかにされている。

一番、読者が知りたい幸福について。103歳になって、幸福とは何かを自問自答する章がある。極度の貧乏は不幸だとは認めるものの、大金持ちの知り合いも果たして奥さんは苦労させられていたのでは、子供たちは親と比較されて苦しんだのではないかとか、あれこれ考えるに、いったいどうしたら人にとって一番幸福なのかと考えると、わけがわからなくなる。どのように生きたら幸福なのかの「黄金の法則」はない。たぶん、この程度で自分はちょうどいいと自分が心の中で思えるのが一番幸福なのではないかと。

103歳の老女から教えられたことである。彼女の甥が映画監督篠田正浩である。