スマホ嫌いなわけ(2016年9月20日の記事)

昨日、20代の読者から「スマホ嫌いなわけ」についてコメントをいただきました。昨年9月20日のブログへの感想でした。未読な方がおられると思うので再録します。

スマホ嫌いなわけ!

約40年にわたってコンピューターをいじってきた知人の『スマホはなぜ嫌いか、持たないか』を書いてきたので掲載します。視点が物理的な面からの批判なので、現今流行の依存症やスマホ歩きの事故発生という観点でもなく乾いた批評なのでわかりやすいと思った。筆者もいまでもガラ携帯。妻も娘も息子もスマホ持たず。

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スマートフォンが嫌いである。登場した時から、幼稚で芸の無いデザインが気に入らず、とても普及するとは思えなかった。もちろん他人が持っているのは気にならないのだが、通信会社がしきりにスマホに換えさせようとキャンペーンを張るので、普通の携帯が無くなるのではないかと気が気でない。嫌いな理由は他にもある。

・高い

これは致命的だ。特に下記の理由で、費用分のパフォーマンスが感じられないのだからなおさらである。

・エンジニアリング的に劣っている

スマホは単なるPCのディスプレイ画面だけの製品。機能やデザインは、画面の中のインターフェース画面が担っている。それに対して携帯は、高精度な微小ネジやスプリング部品の微妙なセッティングの集大成、日本の町工場の高い技術が産んだ芸術品である。それでいてあの耐久性。小さなボタンから返ってくる程よい手応えなどの操作感から何から、スマホは携帯とは比べ物にならない。

 

・人間工学的に劣っている

幅が広くて持ちにくい。重い。オランウータンの手にはフィットするかもしれないが、私には扱いづらい。しかも簡単に割れるガラス面がある。身体に密着させて持ち歩くものに、簡単に割れる素材を使うのが信じられない。

 

・インターフェースが幼稚

アイコンが馬鹿でかい。いくら老眼でも、あそこまで大きくしてもらう必要はない。発売当初は幼児やチンパンジーでも操作できることをアピールしていたが、なるほどチンパン向きだと感心した。だから、人目のあるところで使うのは恥ずかしい。

 

・セキュリティが甘い

スマホを使うと、GPSと連動して、ユーザーの一日の行動から操作履歴まで、残らず外部に送られる。もちろん対策をしないユーザーの責任(*)もあるが、簡便性をうたうあまり、危険性に目が向かなくしているともいえる。

 

・会話が聞き取りづらい

これは後期の携帯にも通じるのだが、オーディオが音楽用にセッティングされているので、言葉が聞き取りづらい。まっ平らな面を耳に押し付けるだけなので、スピーカーの位置がフィットしないことも理由のひとつだ。会議や取材の録音用のレコーダー、昔の携帯は、声が聞き分けられやすいように、もっとキンキンした音にしてあるものだ。

 

・夢がない

私はガラパゴスが大好きだ。子どもの頃から、進化の奇跡のようなその島々を、一度は自分の目で見てみたいと願っている。だから携帯が代替わりして、機能が増えた分重くなり、シャツのポケットが伸びるようになった時も、ガラパゴスと言われるたびに誇らしさと愛おしさが胸に込上げてきた。だからスマートフォンというような、無味乾燥な名前のものに換えたくない。

 

(※おまけ)セキュリティについて

スマホに限らず、携帯の写メでもデジカメでも、撮った画像の中に、撮影箇所や時間のデータが組み込まれていることは、案外知られていない。画面右下のオレンジの文字ではなく、データそのものに組み込まれている。自宅内で撮ったものなら、顔のアップで周囲が何も見えてなくても、住所まで簡単に割り出せる。べつにハッカーだから出来るというわけではなく、写真の裏側に住所を書いて渡すようなものなので、それを見ても犯罪でも何でもない。しかもコピーしても、データがついてくる。ネット上にはそういう写真が氾濫しているので、大変な時代になったものだなあといつも思う。

 

 

不運と恨み

マキャベリ
チェザーレ・ボルジア公

人間は不運が避けられないものなら・・・人の恨みだけでも買わないように気をつけるべきなのだ。(116p 君主論 漫画で読破 イースト・プレス)イタリア統一を目指した野心家チェザーレ・ボルジア公(父親がローマ教皇でもある)が、最後の詰めの段階で父親はペストと自分はマラリアにかかり、さらに新ローマ教皇に逮捕される。


マキャアベリがその君主論でモデルとした指導者がチェザーレ公であったが、父親と次の教皇が激しい権力闘争をしたがゆえに、そのときの恨みが消えず、新しいローマ教皇ユリウス2世に逮捕され追放される身になってしまう現実を見て、マキャベリの嘆息が「人間は不運が避けられないものなら・・人の恨みだけは買わないように気をつけるべきなのだ」。


この場合の不運はペストに罹患したこと、人の恨みは父親のローマ教皇即位にまつわる権力闘争でボルジア本人とは直接関わらないとしても、恨みは代々続く。戦争で侵略されて、家族が皆殺しをされた人はその民族や国をいつまでも恨み続けるし、自分の子供や家族を通り魔のように殺された家族は犯人はもとより、その犯人を育てた親たちをも許せない感情にしてしまう。どんな場面でも「人の恨みを買わないように気をつけるべきだ」という観点の大事さ。


「君主論」から見ると日米・北朝鮮の首脳は3人とも「相手に恐怖感を植え付ける」ことには成功しているが(リーダー足る者は人に慕われるより恐れられることを選べ)、しかし、後代に恨みを残した。いずれ自分に乱反射の鏡に映る光線が跳ね返ってくるだろうけれど、それは自分で受け止めて欲しいものである。3人の首脳の共通は大脳細胞の硬さである、30代の北朝鮮、50代の日本、70歳のアメリカではあるが、家族以外誰も信用できない共通性がある。


ということは自信がないということでもあって、他人と関わる社会性が育つ下地がないから、生き方や話し方は一方的にならざるを得ない。それが様々な事件を起こしている背景にある。加齢社会の進捗とともに、社会脳が減退して、「お先にどうぞ」が言えなくなっている。人事でも見ていると、お先にどうぞを言える人は少ない。だからたくさんの恨みや妬みの感情が、職場に漂いながら日々の仕事をしているのだろうと推測する。「人の恨みを買わない方法は人の物を奪わないこと」(マキャベリ)


何百社という企業を長年訪ねていると、一瞥で、「この会社ヤバイ」「この会社、素晴らしい」と感じるものがある。社風は全員が醸しだすものであるからね。幸福は伝染するとつくづく思う。

シングルマザーとDVほか。

 

シングルマザーとDV、NPOで働く若者。

12月22日から大雪。飛行機飛ばず、空港内宿泊6000人以上だ。12月、2回目の豪雪。ブログを書き終えたら除雪が待っている。大分県中津市から電話。『毎日、暑くてきょうも16度』。スーパーでレジバイトをしている娘から『冬物が売れない』とぼやき。沖縄がプラス20度で、北海道の寒冷地マイナス30度。その差50度。


日本列島は南北に長いと実感をする冬。面積ではアメリカに比べて圧倒的に小さいが、NYの寒波とフロリダの避暑地が同居するアメリカの温度差に近いものがある。調べるとアラスカをのぞいてアメリカは南北2700キロ、日本は3000キロ。なるほどと思った。アメリカは東西が4300キロで胴体が厚い体型だ。


ブログの枕が長くなった。昨日、日生ビルのクリスマスツリーを撮影している若者がいて声をかけた。聞くと戦前のドイツで作られたカメラ使用。きょうはモノクロ撮影をしている。いろいろ話をすると、NPO法人でシングルマザーを支える活動もしていて話をしてくれた。学校の空いた教室を使わせてもらって活動している。


支援とはいえ、一人ひとり(一組一組)のシングルになる事情が違うので、一般的な説明は個々の背景の話を聞いてから、何ができるかを考えるのだが、『母親と自分が話をしていると必ず、もう話をしないでくれと言うようにさえぎる小学生の女の子がいて困っている』と。亭主のDVが妻だけではなくて娘さんへも及んでいて『男=暴力を振るう人間』と記憶され、不登校回数も増えての相談だ。男子がいるので休みがちになってしまうらしい。『お母さんは保育士をしてほかのお子さんの面倒を見て生活費を稼いでいるのですがね』と。


以前にブログで鈴木大介さんの『最貧困女子』を読んで衝撃を受けた筆者であったから、(2015年5月16日をお読みください)、子供のころに親からたっぷり愛情をもらって育つと忍耐力や孤独にも強くなる、判断力も育つと思ってる筆者なので、彼女たち(男も含めて)の未来が心配である。


ススキノで飲食店を経営する会社の役員から『従業員の3割がシングルマザーで、雇用を守り続けるために夜間の保育所をいま考えている』。大事なことだなと感心した。実はこの動きは地元の農家経営者からも聞いた。JAの青年部での部会で、『農家への雇用を確保するためにシングルマザーを雇用して、保育所を作ろう』とする動きだ。発想はどちらも、飲食店と農業という側からの労働者確保という視点ではあるが、『シングルマザー』が生き易いシステムづくりが同時並行で進んでいる。明るい兆しだ。


筆者の身内にもシングルマザーがいたので、この世界は当事者でしかわからない苦労が多いと思う。トラック運転手で荷物の積み下ろしも一人でやる逞しいシングルマザーが息子の勤める運輸会社にいると聞いたとき、『事務職より給与も良くて、自分より稼いでいる』と言っていた。しかし、そういう逞しい生き方ができる人はまだまだ少ないかもしれない。さらに母子家庭支援をライフワークにしている企業経営者もいる。http://www.officebldg.jp/property.html世田谷に住んでいる。


シングルマザーは横に自身の親がいるいないで、暮らしに雲泥の差が生じる。子を産む性の女性が安心して生きられない社会はいずれ崩壊すると筆者は思っている。今の世の中は、自分の暮らしを守るだけで手一杯でずいぶん他人へ冷たい社会になってしまった。それは実は年金受給世代へも波及している。年金受給世代が娘へ金銭援助をしている人も多い。


年金額も企業年金がたっぷりある人と無い人、国民年金だけの人、親の遺産をもらってる人様々だ。しかし、少しづつ若い人も企業経営者も農家も彼女たちを支援しないと、労働を確保できないほど働き手が集まらなくなっている。だから、今がチャンス。私もできる範囲で動きたいと思う。

最後に大雪ぐらいでああだこうだ言うものではない。除雪すればそれで終わること。モンゴルの首都ウランバートルで地下の土管に暮らすストリートチュルドレンを映像で見たことがある。厳冬でもそこは暖かいと言っていた。

温かい土管を抱いて寝る。照屋朋子撮影。