人手不足につき新しい事業展開(近未来 NO1)

10年に1回島根で開催の船行事 ホーレンエンヤ 高間龍撮影

1)回転寿司はどうなるか・・・・回転寿司は、お客さんが握るというアイディアだ。まず、席に座ると客は、当日食べる予想の皿数を店側に言う。『30巻!』だとしてそれに見合ったシャリが回転ベルトで届けられる。そしてタッチパネルでネタを注文すると、ベルトに乗ってネタが来る。これから楽しい握り寿司と巻きずしを自分で作る番だ。ビニール手袋をはめて握り寿司を家族に振る舞うお父さん。会話少ない家族でも今日だけは頼もしいお父さんというわけ。『下手!』とか『私が握ったほうがいい!』握り手チェンジも面白い。賑やかな風景が、ちゃぶ台の再来のような回転寿司屋だ。キャッチコピーは『店は握りません』。店側の社員は寿司飯を作る人とネタを切る人、最終レジ係だけ。

2)配達業務はどうなるか・・・自分で荷物は取りに行く。毎日、届け物がないか調べに行くことでウォーキングにもなる。近々、子供も減り、小学校や中学が閉鎖され建物が余る。すでに大きなスーパーも撤退して寂しい空白店舗が目立つ。老人ホームもいずれスカスカになる。郵便局と宅配は、小学校などを利用して1年1組は○○町何丁目~何丁目までにして私書箱を置く。大きな荷物は体育館に集める。必ず入口・出口で荷物確認はして誤配や盗みがないようチェックする。高齢化でここまで来れない人のために月額1000円で届ける業務もする。大型トラックや郵政の配達車はすべてこの学校に届ければ済む。運輸会社はドライバーが最少でOKになる。現在、健康のために歩いている定年後のおじさんに楽しい仕事がやってくる。ひとり暮らしの知り合いの家の郵便物も代理人のカードあれば助ける仕事もできるようにする。配達業務や荷物確認は町内の知り合いの多い元気なおじいちゃんやおばあちゃんを雇用する。町内も活気づくこと請け合い。『美味しそうな梨が来たのかい?』『そうだ、1個上げるよ』『ありがとう』とか。『最近、佐藤さんのおじいちゃん見ないよね、気になるから見に行って来よう』とか。『個別宅配から町内宅配』。

その他これまで当たり前だと思ったことを次々変えていくビジネスはたくさんありそうだ。順次思いついたら書いていきます。

 

精神薬の怖さについて

『精神科は今日も、やりたい放題』(PHP文庫 内海聡)を読んでみた。医学の中で精神科は遺伝的な体質を除けば、ほぼ優生学の延長にあるという指摘は傾聴に値する。精神科は、どうもほかの医学と違うなあという感じは4人の精神科医と接触しておしゃべりしたり、製薬メーカーから協賛金をもらい講演会を開いたり、全国の内科に置かれた小冊子を作った経験でいうと、患者を診る前に、医師自身がまず心の病気ではないかという筆者の第一印象だ。自らを直すために精神科医を目指しているのかあと思ったりする。

実際、講演会で講師の先生が『私は実はうつ病の経験者がありまして・・」と話し出すと、参加者は前のめりになって聞き出し、会場は一気に盛り上がる。私は3種類の無料冊子をつくった。『不眠症』『うつ病』『パニック障害・社会不安障害・強迫性障害』である。増刷に増刷を重ねて2万部以上全国で読まれた。お金を出した製薬メーカーのMR(営業)が全国の内科医へ配ってくれたのである。イラストを入れて誰でも読めるわかりやすい冊子にした。しかし、いま手元で読み返してみると、すべては薬に誘導する結論に至っている。

この本によると現在、使用されている精神薬は6種類。これを組み合わせて患者に買ってもらっている。抗精神病薬、抗うつ剤、抗不安薬、睡眠薬、抗パーキンソン病薬、気分安定薬の6種類。著者内海さんのクリニックは減薬を勧める珍しいクリニックで当該医院に来院する患者で7剤以上が買わされているケースが18%以上、70%は3~4種類投薬されている。薬剤の副作用のため気力が低下し、ほとんど寝ている状況の患者が40%を超える。これはもちろん老人ホームでも使用される(私の母も1日3回抗うつ剤を投与され続け眠り続けた。人手不足の介護施設は手間かからず、楽である)。

ここから40代以上の引きこもりについての話だ。現在60万人とも100万人とも言われる引きこもり(6か月以上引きこもる人)は、私は精神薬の依存性を彼らに作り出した精神科医の責任も大きいのではないか。あるとき引きこもりしている親戚に会ったとき、朝ご飯を食べ終わると薬の袋を出して、抗てんかん剤や抗鬱薬やもろもろ飲み始めた。それを毎日15年以上にわたって続けているのかと思うとぞっとした。薬を減らす医師はいなかったのか?親戚を見ていると親も『病院へ行けば薬で何とかなるはず』と思うが、親自身も70歳代後半に差し掛かる。親の年金と蓄財を充てにした人生で、彼自信の年金の支払いは全額親が払ってる。いつまで続くか親の金である。

薬の副作用を列記すると、動けない、寝たきり、仕事もできない、動悸・息切れ、さらに暴行へ、自殺企図、自殺念慮、幻聴・幻視、記憶力低下、性格変化。日本の皆保険制度を利用して外資の製薬メーカーがどんどん儲けている一方、筆者は引きもりの低年齢化はじめ、家族や地域や学校がズタズタになり、それが50代まで延々と続いている空恐ろしい現実が見えてくる。精神科医の主観で命名された病名、薬を次々出しては、賑わいを見せるこころクリニック。私の前職場で5人がうつ病で長期休暇。3人はアルコール依存症の怠け病であってもうつ病と産業医は診断するインチキさ。毎日、彼らを見ていた私のほうが正確な判断だ。『もうあなたは治ったので来なくていいよ。それより仕事に復帰しなさい。したくない外回りだけど人事異動で決まったこと。できなければ退職しなさい』。

いいことしか言わない!正しいことしか言わない!要注意!

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江戸時代に安藤昌益という人がいて、彼は我々が聖人君子と思ってる人、仏教なら釈迦、中国の儒教なら孔子、道教の老子といった人たちをダメだと喝破。なぜかというと、倫理的にいいと思われることしか言っていないからだと。天然自然を主体に考えればいいことも悪いこともあるのが当然であって悪いことを言わないのはそれだけでダメな証拠。

彼の考え方によると、釈迦・キリスト・孔子・老子たちがいいことしか言わないのは、世の中に悪いことがたくさん現れてきたためだと。つまり、いいことを言うのはそれ以前の時代に比べて精神が悪くなってる証拠なのだと。「説教者の毒」。聖職者に多い。教員にも多い。テレビコメンテーターは毒にも薬もならないコメントばかり。お茶の間を不穏当にしない発言ばかりだ。

孔子についても魯にいながら以前の周公を理想の統治として過去を見ていたし、老子もグレートマザー的な理想郷があったし、イエスは最後の審判で蘇る人間を想定して、今現在を拒否る人生を送って、説教を弟子たちに残したし、マホメットもそうだ。しかし、教祖たちはどうして「いいことしか言わないのか?」という問いは残る。泥沼の上に蓮が咲くのに、蓮だけを語っていたのか?新興宗教の開祖は、いいことを言わないと信者が集まらないからそうするのだとすればシビアな現実を直視する、どろどろ、悲惨な現実に目隠しをする役割があるかもしれない。

ある人が、人間は糞を溜めた生き物だと言ったけど、こっちの方がバランスのいい人間観になるかもしれない。安藤昌益は秋田藩か庄内藩の出で、農民たちとともに育った思想家だ。マルクスより早い時期に収奪の論理を説いている。考えてみると私の大腸にもきょう食べたご飯や野菜や肉が口から入って、食道や胃を通り、胃液で分解されて小腸・大腸を通ってお尻から出る。これが生物的に生きていることである。昼ご飯を食べながらこのブログを読んでいる人には尾籠な話題で申し訳ないけど。

正しい説教談やいい話のパレードには要注意しましょうということだ。きょうも本屋のビジネシ書コーナーにビジネス戦略編、ナポレオンヒルやカーネギーの本、企業成功した人の言葉が並んでいる。思考は現実化するだって、あたりまえじゃないか。読むなら本田宗一郎やソニーの井深さん、鈴木自販の会長の清濁併せのむ話が最適と思うけど。本田宗一郎さんの講演もユーチューブで聞ける。フランクで楽しい、それでいて胸に残る。べらんべい口調で、工場職員の手が汚れても平気で握手する。安藤昌益が生きていたら、これこそ真人間と断言しただろう人だ。遠くを見なくても足元に、日本の歴史の中にお手本はたくさんいる。

参考文献 「真贋」吉本隆明 講談社 安藤昌益の「自然真営道」を借りてきたが、難しい。

*とはいえ、学校教育は、これでどうなるのだろうか?