働かないアリに意義がある(2015年4月23日掲載)

 

「遊び」という大事な概念がある。子供でも大体8歳までに大脳の各部位を活動させることで、生涯その子の可能性や才能が花開くし、ピンチになっても耐えられる人になれるらしい。「遊び」の大きな意味だ。アリの世界も遊んでいるアリがいるから、アリ社会の強靭さが保たれているのかもしれない。中学や高校時代に超優秀な生徒が自殺したり、精神病院へ送られた身近な人もいるので、「遊びの大切さ」は筆者にはわかるつもりだ。偏差値や勉強がすべての彼らであった。


庭の真ん中に、大きな切り株を置いてある。近所の農家の伐採作業で株を掘り起こして路肩に捨てられれてあって拾ってきたのである。ベンチ代わりに使えると思ったのである。10年以上経過する。その切り株が腐りだして、捨てようかとエイッと持ち上げたら、小さなアリが大混乱。大混乱していてもだんだん統制が取れてきて、大事な卵を次々、安全な穴の中へ運び出した。しばらくすると、卵は1個もなくなり、見事な仕事ぶりだ。若いとき、こんなに筆者は仕事をしただろうかと考えた。


仕事ぶりといえば、働きアリの15%程度は、全然働かないらしい。いつも女王アリのいる部屋の近くでゴロゴロしていて働こうとしない。しかし、この働かないアリを全部除去したら、やはり15%のアリは働かなくなる。さらに、働かないアリだけを集めた集団を作ると、85%は働き出す。つまり集団を構成するためには15%程度の遊びのアリが必要なように自然界では組み立てられている(のかな?)「俺はその15%のアリだよ」とサラリーマン氏は思うかもしれない。実際、筆者も、この説、妙に説得力があって好きだ。


昆虫は、ほぼ本能で動くので、これは初めから決められたことなのかどうなのか。「アリとキリギリス」というイソップ物語があるが、アリの中にも怠け者がいて、ほかのアリに寄生して生きているのが15%いるとしたら、イソップさんもビックリ発見だ。応用編として、ミツバチはどうだろうか?蜜を採取しに行かないハチがいるかもしれない。養蜂家に聞くとわかるかもしれない。働いているふりをしてどこかで遊んでいる。またまた筆者の営業マン時代に日々に似てきているが、アリの世界って、役割分担の一項に「普段は何もしないが、いざとなったら動き出す」アリが一定数いることは確かであるらしい。


進化生物学者 長谷川英祐さんの「働かないアリに意義がある」(メディアファクトリー新書)には「生態を観察すると7割のアリはボーとしており、1割は一生働かないことがわかってきた」との記述もある。さらにコロニーの長い期間の維持のために年齢に伴う労働内容の変化は「齢間分業」と呼ばれ、固体余命の短い年寄りアリは危険な仕事に「異動」してもらい、幼虫や子供の世話は若いアリにしてもらう。ハチもそうだと。若い順の仕事からいくと①育児卵の世話(たえず舐めていないと土壌菌にやられる)②巣の維持(巣の補修)③エサを取りに行く(一番危険を伴う・・人間や自転車に踏まれたり、雨にやられる)。老齢アリは③の危険地へやられる。集団全体(コロニー)の維持にいたしかたない役割分担だ。人間界から見ると無慈悲(同書38・39p)。さらに(お馬鹿さんがいたほうが成功するという)興味深い章もある。民俗学で言う「トリックスター」か。アリから人間世界(社会)のことへ話が動いている。「効率・効率だよ!」という生き方は、結局、失敗が多くて結果的に大損に至るという法則をどなたか証明できないか?


 

職場内に監視カメラ導入!!

職場内に監視カメラ導入!!

今月の1日に『監視カメラに溢れる街中』の話を書いたら、先だって私のところに『社長が職場内に監視カメラを設置して、全員を監視する。ズーム機能も持たせて、パソコンの開いている画面を社長室からチェック』する発表があった。『ここまでやるか!!』と怒りの弁を私にまくし立てていた。社長と社員の信頼関係がなくなればこうなってしまう実例だ。売上げが増えず、社員は仕事をしているのか不信感に固まった社長が打ってきた手がこれだ。

この次は『誰が何を話しているか』のスパイ合戦が始まりそうである。これって人権問題に発展しないのか?大きな工場や病院、私の母が入居していた老人ホームも『家族の了承のもと、転倒やトイレで倒れないか監視するためにカメラをONにしたが』、また万引き防止や不正なATM引き出し、交通事故の場面や車の混み具合を監視する道路上のカメラならわかるが、狭い30人規模の社員全員をす室内で監視するカメラって、気味悪い現象ではないだろうか?それを監視する社長を監視するカメラを社員がパソコンで見れればいいが、一体、何をしに毎日会社へ出てくるのか意味がわからなくなる。

営業も持ち歩く会社支給のスマホで現在、どこにいるか位置情報は会社に把握されている。これに頭の上にドローンが置かれ、絶えず自分自身、可視化される世界に投げ込まれると思えばいい。耐えられるれるだろうか?無視して日常の仕事をたんたんとこなせばば良いという人もいるかもしれない。しかし、会社の経費でカメラを導入して工事費を負担するわけだから、それを稼ぎ出す社員への裏切り行為ではないか。ますます、忌避される社長になり、未来暗し。意見を言える人が誰もいなくなる世界は怖い。『1984』の世界が現実にできている。人間が作ったもので自分の首を絞める。気が変になる社員が出てこないことを願うのみである。

さらに自分の殻にだけ閉じ、情緒不安定になり、仕事上のミスが頻発する惧れもある。ミニナチス帝国が国家レベルから企業や学校、役所にも蔓延していないか?しっかり点検したいものである。もともと自由への希求が全然無い人なら、言われたことだけハイハイして、給料日まで1ヶ月我慢我慢で生きられるだろうが、筆者みたいな素浪人・自由人には耐えられません。

小樽グラフィティー。

7月24日、小樽運河午後7時30分。筆者撮影。

24日、高速道路で小樽へ行く途中、料金支払い所に旗を持った警官が立っていた。犯罪でもあって、不審車を発見していたのかと思ったら、不審車は私であった。『はい、こちらへきて下さい。後部座席の人も高速の場合、シートベルトが必要です。免許証と車検証を持ってきてください』と言われた。しばらく高速を走らず、走っても夫婦二人で、後部に人を乗せることはなかったので、シートベルトの規則を忘れていた。罰金なく点数1点だけで済んでほっとしたが、発見は車検証で車の形式を見るとシートベルトのメーカーがすぐ検索されたり、古い車なら後部にシートベルトが設置されていない車とデータから読み取れて、その場合はノンシートベルトでもOKとのことだ。

7月24日、午後7時出港の飛鳥Ⅱ

小樽は潮祭りが26日から28日。ちょうど24日の夜に横浜から来たクルーズ船・飛鳥Ⅱ号が稚内へ向けて出港、豪華客船が離れていく姿を撮影できた。北一ガラスはじめ観光客向けのショップに飛鳥Ⅱウエルカムポスターが貼られていた。それにしても中国人の観光客が多い。『オルゴール堂』は満杯。耳に音色を聞きながらオルゴールを選ぶには観光客の大きな声にかき消される。嵐のオルゴールコーナーも作られていた。3月に山下達郎アコースティックライブに来ているからことし2回目の小樽である。

ニトリ家具がオープンさせた小樽芸術村のステンドグラス館を見学。すると2階でチュンチュンスズメの鳴き声。倉庫を改造したので隙間からスズメが巣を作りに入り込むがそのままスズメを生かしている。粋な計らいである。